温情は棺の中に
「そういえば、メッシーナはキャバッローネが治めているのよね」
「ああ。今年の初めに、先代が亡くなってね。息子が跡を継いだよ」

問題のカロニーアは、メッシーナから西に百キロほどのところにある。
キャバッローネのシマの西端に位置するその街には、若いボスの統治が生き届いていないのだ。

「キャバッローネの弱体化が、エストラーネオの増長を招いたのよ」
「まだ若いし、代替わりしたばかりだからね。彼をあまり責めないでやってくれ」
「責めたりなんてしないわ。悪いのはエストラーネオだもの」

エストラーネオの蛮行を見つけたのは、クレアの千里眼だ。当地のキャバッローネではない。

若いボスは足元で精いっぱいで、シマの西端など見ていない。
エストラーネオが夥しい犠牲者を出し、勢力を拡大して抗争を始めるまで気付かなかっただろう。

本来ならばその責を問うべきことだが、九代目もクレアもそうはしない。
未熟さを責めたところで、何かが急に良くなることはない。

原因が怠慢でないのなら、叱責しても効果はない。やる気や自信を挫くだけだ。
むしろ、助けてやった方がいいくらいだ。

「キャバッローネの彼に助力を頼んでもいいが……」
「いいえ、彼には地固めに専念してもらうわ。この件には介入させないで」

幾ら有力ファミリーとはいっても、代替わり後は何かと揉める。
仕事と社交だけで手一杯だろう若いボスに、面倒事を持ち込むのは哀れというものだ。

「キャバッローネに倒れてもらっては困るわ。メッシーナは大事なコムーネなんだから」
「私もそうしてもらえると助かるよ」

ふと、クレアの言葉が止む。九代目は書類から娘へと視線を移した。
娘は窓の外、夜を兆した夕空を見ていた。

「……教会に連絡したわ」

ぽつりと呟くように放たれた言葉に、九代目は一瞬言葉に窮した。
その沈黙をかき消すように、クレアは言った。

「被害者の遺体は燃やして山に捨てたそうよ。だから、土をかき集めて、棺に入れる事になる」
「空の棺か……遺族が見たら、泣くだろうね」

手向けの花を棺に入れるとき、せめてわが子の顔を見たいと思うのが親だろう。
そしてその顔は、出来るならば安らかなものであってほしい筈だ。

「あなたの幻術使いを、貸してくれる」

本物は与えられないから、せめて幻だけでも与えたい。
そう望み、情けなく微笑む娘に、九代目もまた微笑んだ。

「もちろんだ。私の『霧』を貸そう」



会合はパレルモの一等地にある、ボンゴレ関係の高級ホテルで開かれる。
そこは会場に選ばれた時から現在まで、常時厳重に警備されている。

九代目たちを載せた車はその警備を通り抜け、ホテルの正面入口で停止した。
そこで九代目と共に車から下ろされたクレアは、不満げに頬を膨らませた。

「姫、そのように不貞腐れた顔をしてはいけません」
「……車で待っているつもりだったのに」

ニーに指摘され、クレアは余計に不機嫌な表情になった。
しかし、不機嫌と入っても、本気で腹を立てたわけではない。

我を通そうと凄んだわけでもないので、恐ろしくもなんとも無い。
むしろ、歳相応に駄々を捏ねただけ、幼さが際立っただけだ。

ニーはうっかり頬を緩ませかけ、慌てて厳しい表情を取り繕った。

「貴女は九代目の娘です。車の中で待たせるなんて、危険すぎます」

権力を有する者とその近親者は、誰もが命を狙われる立場にある。
大ボンゴレのボスの娘ならば、身を取り巻く全てが危険と言ってもいい。

実際には、いかなる命の危険もクレアや九代目の身に降り掛かりはしない。
有能な部下が事前に発見し、対処して、守ってくれるからだ。

けれども、守られているから大丈夫だと驕ってはいけない。
守る人間に責任があるように、守られる立場の者にもその義務がある。

「さて、何処で待ってもらおうか……」

子供は会合に入れないため、レストランの隅で待たせるわけにもいかない。
レストランのすぐ下にあるスイートは広すぎて、護衛一人では守りきれない。

今日このホテルには、ボンゴレの同盟ファミリーの関係者しか居ない。
しかし、同盟ファミリーの者ならば安心かといえば、そうでもない。

同盟などといえば聞こえは良いが、実際は一時的な休戦宣言でしかない。
利害関係が一致している間だけ握手しているようなものなのだ。

招かれた者の中に、ボンゴレに反意や害意を持つ者がいるとも限らない。
なまじ身内である分、警戒しづらい敵といえるだろう。

クレアは頭こそ切れるが、身体は子供だ。手足は小さいし、力も弱い。
近い場所、できれば目の届く場所に置き、何かあれば即座に駆けつけたい。

しかし、会合に子供は入れられない。スイートで待たせるならば護衛を割かねばならないが、直ぐに手配するのは難しい。

ぐだぐだと悩む九代目を見て、クレアは眉尻を下げた。

あくまで娘として扱おうとしてくれるのは、嬉しい。
しかし、だからと言って時間を無駄に使うのはいただけない。

クレアは九代目の袖に手を伸ばし、二度、軽く引っ張った。
本当は叱り飛ばしたいところだが、衆目の前では流石にできない。

「パパ。私、屋上庭園に居るわ。そこなら、良いでしょう?」

このホテルの屋上、つまりレストランの上階には、温室の庭園がある。
この温室は射撃による暗殺に備えて、磨り加工を施された防弾ガラスで囲まれている。

また、待ち伏せによる暗殺に備えて、内部を一望できる構造になっている。
優秀な護衛を一人ばかり付ければ、十分安全と言えるだろう。

「おやつとお茶を手配するよ。だから、四時間ほど、待っていてくれ」
「ええ。のんびり待っているわ」

にっこりと笑い、クレアは九代目だけに聞こえるよう声を落として付け加えた。

「だから、きっちり詰めてきてね」
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