- かく在りて憂う
「いい。お前も俺達と同じ、トゥリニセッテの被害者だ」
リボーンの言い草に、クレアは苦笑して首を横に振った。
彼らアルコバレーノは望まずしてトゥリニセッテの人柱に祭り上げられた。
しかし、クレアは自ら望んでトゥリニセッテに関わっている。
好き好んでのことではなかったが、選択があったのだからただの被害者とは言い難い。
少なかれ、歴代のアルコバレーノの殆どは、クレアを同じとは思わなかった。
どちらかといえば共犯と見做し、殺意に近い敵愾心を持つ者の方が多かったくらいだ。
「他に聞きたいことは?」
「九代目の後継者問題について、お前の考えを聞きたい」
恐ろしく乱暴で直球な問いに、クレアは息を呑んだ。これほど鋭く、一切の事情を考慮せずに訊くとは思わなかった。
空気の読めない愚か者か。空気を読まない切れ者か。どちらにしろ、警戒心を高めるだけの挑発行為であることは間違いない。
「まだ、何も考えてないわ。こちらに戻って日が浅いもの」
「九代目が、娘の反抗期だなんだと電話で嘆いてたぞ」
「少し拗ねていただけよ」
些か語弊のある言葉に、クレアは頬を膨らませた。明らかに子供を演じている振る舞いに、リボーンは溜息を付いた。
強く切り込んだつもりだったが、軽口に乗れば煙に巻かれて終わる。これ以上は怒りを買う恐れもあるが、それを恐れる彼ではなかった。
「お前はザンザスに会わない方がいい」
確実に地雷を踏みぬいた言葉に、クレアの顔から表情が抜け落ちる。殺意にも似た拒絶の気配が、一瞬でその場の空気を凍りつかせた。
「部外者に口出しされる謂れはないわ」
触れてくれるなと言いたげな声音が、更に空気を重たいものにする。過敏すぎる反応に、リボーンは確信をもった。
彼女は知っている。ザンザスがボンゴレボスの血統でないことを。知っているからこそ、そこに触れてほしくないと思っているのだ。
「過度に期待させるなって言ってんだ。奴を造反者にしてーのか?」
クレアはリングの『箱』で、後継者を選定する権限を持っている。懐けば懐くほど、ザンザスは自らがボスに相応しいのだと誤解する。
「覚悟は、できてるわ」
「お前……」
「文句なら、最初に誤解させた九代目に言いなさい」
九代目が彼を引き取らなければ。彼に養子だと告げていれば。クレアが傍に居ても、何も問題になんてならなかったのだ。
九代目の沈黙は罪となった。そして、その罪をクレアが育てるのだ。
摘み取ったその瞬間に、全ての愛は憎悪となって二人を襲うだろう。それでも。
「私達は決めたの。たとえ、反逆事件が起こって、構成員が何人死んだって構わないわ」
はっきりと宣言され、リボーンは唇を噛み締めた。九代目が駄目なら娘の方を説得しようと思ったが、こちらも聞きそうにない。
「お前はもう少し、人の命ってもんを尊重する奴だと思っていたが」
「ヒットマンの貴方がそんなことを言うの。おかしな話ね」
本当に可笑しい話だ。くすくすと笑み零し、クレアは囁いた。
「私、マフィアは嫌いなの。マフィオーゾなんてみんな死んでしまえばいいのよ」
「ボンゴレファミリーを存続させるのにか?」
「それとこれとは話が別よ。好き嫌いじゃなくて、生き死にの話だもの」
けろりとした顔で批判をかわし、クレアはガラス戸の向こうを見た。
誰かが来るらしい、二ーの肩ごしにエレベーターのランプが光っている。
二ーが警戒していないところをみると、九代目あたりだろう。思ったよりも会合は早く終わったらしい。
「質問していいか」
「これで最後ならば」
「お前、初代にそっくり奴が出てきたらどうするんだ?」
二代目にそっくりだから、ザンザスを慕う。ならば、初代にそっくりな奴は。リボーンの問いに、クレアは薄ら笑いを浮かべて首を横に振った。
顔を愛したのではない。声を愛したのではない。心を、愛したのだ。たとえ顔がそっくりでも、心まで同じになることはない。
「誰もあの人の代わりにはなれないわ」
ザンザスは兄になれたが、それまでだ。最愛の人にはなれない。
そして、彼がだめなら他の誰もだめなのだと。彼の姿を一目見たその瞬間に、クレアは知った。
「あの人しか、愛せない。私はきっと、そういう生き物なのよ」