胸の張り方
クレアは九代目の傍に立ち、少年を値踏みした。
恐らくは手を血で染めた事もないのだろう、笑顔には一点の影も無い。

ボスとしてはおろか、マフィアとしてもまるでなっていない。
マフィア的な意味で垢抜けない彼の素性は、容易に予想がつく。

やはりキャバッローネに助力を要請しなくてよかった。
クレアは自身の判断が正しかった事を確信し、溜息をついた。



「エストラ―ネオの件は、うまくいったよ。恐らく皆、手を切るだろう」
「よかった。これで次の手が打ちやすくなるわ」
「えっ?え?」

会話の流れに違和感を覚え、ディーノは首を傾げた。
九代目の言い方では、クレアが九代目に指示を出したように聞こえる。

クレアの方も、まるで次の手を打つのは自分だと言っているようではないか。
何の権力もない幼子が、そんなことを出来るはずもないのに。

「ディーノ君。穏健派と称される私の提案にしては変だと、思わなかったかね」
「思いましたけど。でも、貴方は仁義を知る方ですし」
「仁義?あなた面白い人ね」

くすくすと笑いだした娘に、ディーノはますます目を白黒させた。
そんな様子が目に余ったのだろう、彼女はやにわに真剣な顔になった。

「彼はマフィアよ。情けでことを起こしたと、本当に思っているの」
「でも、さっき言ってたじゃないか。民を虐げているからって」
「そうよ。マフィアのイメージを著しく損なう愚行ですものね、許せないわ」

マフィアとは、誇り高きもの。傲慢にして無能な政府機関に、昂然と逆らうもの。
犯罪を恐れず、暴力によって理不尽な権力者達から民を守る、弱きものの味方。

イタリア、特に南イタリアの国民は本質的に政治不信である。
諸外国の支配下で虐げられ続けたせいで、政府を信じられなくなっているのだ。

ゆえに国民は、反社会的勢力であるマフィアを肯定し、マフィアに従う。
政府の無理解からくる理不尽さを撥ね退け、庇護してくれるからだ。

だからマフィアも、己の誇りに関わること以外では決して民間人を傷つけない。
懇願されれば、金銭と引き換えにその要求を叶えてやる。

「マフィアは民にとって庇護者でなければならない。実情はどうあれね」
「それは当たり前だろ。俺だって、みんなを守るためにボスになったんだぜ」

イレゴラーレとの戦いを思い出し、ディーノははっきりと理解した。
ディーノの言葉とクレアの言葉は同じだが、動機が逆なのだ。

クレアはマフィアの存続のため、民を守るべきという。ディーノは民を守るため、マフィアとして活動している。

「俺は民を守りたいから戦った。マフィアのイメージを守るためじゃない」
「そう。でも、ファミリーが存続しないと、民は守れないわ」

マフィアは己の利益のために、民間人に脅しかけることも少なくない。
逆らった者は一人残らず、見せしめとして殺害しなければならない。

民を守ると言っても、民をその手にかけることの方が実は多いのだ。
それでも、ファミリーが存続しなければ、いざという時に民を守れない。

イレゴラーレの一件を思い出し、ディーノは顔をしかめた。
キャバッローネの弱体化が、彼らの民への暴虐を許した。それは紛れもない事実だった。

「一般的な正義感も、そうそうに捨て去るべきよ。それは貴方の足をすくい、大切なものを損なうわ」
「なに?」
「自覚を持ちなさい、キャバッローネのボス。貴方の宝物は、いつも誰かに狙われているわ」

クレアは手で銃を模し、ロマーリオに指先を差し向けた。
何ら攻撃性を持たない、ただのパフォーマンスだ。

しかし、ディーノは咄嗟にロマーリオを背に庇うように立った。
この幼女が見た目通りでないことは明らかで、何気ない仕草も油断できないように思えたからだ。

「それでいいの。どんな時も、守るべきものを第一に考えて」

背後に守りたいものがあれば、人は自然と背筋を伸ばし、胸を張る。
実績や自信がなくとも、大切なものがあれば胸を張ることはできるのだ。

「ふむ、やはりな。会わせて正解だったよ」
「九代目?」
「なに、年寄りのお節介だ。君があまりにも自信なさげだったからね」

九代目の言わんとすることを察し、ディーノは呆然とした。
どうやら九代目は、ディーノに自信を付けるために娘と会わせたらしいのだ。

そして、その意図を汲んだ娘は、ディーノにボスとしての心構えを説いた。
情けのために動くな。一般的な正義感は捨てろ。守るべきものを守れ、と。

「私、なんだかとても眠たくなってきたわ。帰りましょう、パパ」
「そうじゃな。夜更かしは良くない」
「またね、ディーノさん。今度はお茶会をしましょう」

九代目と手をつなぎ、クレアはひらひらと手を振って笑った。
そして、ディーノの返事を待たず、一度も振り返ることなく、屋上庭園を後にした。
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