少年と少女
九代目は開口一番、ボンゴレはエストラ―ネオを敵と判断したと宣言した。
彼らと手を組んでいるファミリーに、縁を切らせるために。

大ボンゴレの敵という噂が広まれば、彼らと親しくするファミリーはいなくなる。
社会的に孤立させれば、せん滅する時に禍根が残りにくい。

最高幹部会の中に異を唱える者はなく、満場一致で決定した。
その他の議題も特に揉めることなく、会合はいつもどおりに恙無く終わる。

議題を消化すれば、雑談をしながらめいめいに会場を後にする。
九代目も会場を出て、上へ向かうエレベーターのボタンを押した。

「九代目!」
「おや、ディーノ君」

エレベーターを待つ九代目に、金髪の少年が駆け寄る。
まだ幼さの抜け切らない十代の少年だ。仕立ての良いスーツを着ているが、着られている感じが否めない。

彼の背後には、歳は三十代前半といったところだろう男が付き従っている。
肌と黒髪は日に焼け、鋭い眼光が黒縁の眼鏡の奥から突き刺さる。

若いボスが舐められないよう、周囲ににらみを利かせているらしい。
男の雰囲気は刺々しく、ホテルマンが殺気に当てられて震え上がっている。

「お久しぶりです、九代目。お元気そうでなによりです」

ディーノはつとめて普段どおりに挨拶しようとした。
しかし、緊張から声が上ずり、落ち着かなさを露呈してしまう。

九代目は苦笑し、励ますようにディーノの肩を軽く叩いた。

「そう緊張しなくていい。私と君の仲だろう」
「いやいや緊張するって」

九代目は穏やかに微笑むが、ディーノは同じように微笑を返せなかった。

普通ならば、この歳になるまでにあらゆる悪事に手を染めている。
越えた死線の数もそれなりになっているはずだ。

しかし、ディーノは今まで、マフィアとして活動したことがない。
戦線に立ったのも、イレゴラーレとの戦いが初めてだ。

度胸など身についているはずも無く、まして自信などあるはずも無い。
誇りに思う過去もなければ、将来に対する野望もない。

その上、親から継いだ名だけで威張れるほど愚かでもない。
なまじ真っ正直なので、虚勢を張れるような性格でもない。

初めての会合でも、足が震えないようにするだけで精一杯だった。
そんなディーノの様子を見て、九代目は思案した。

「ディーノ君、私の娘を紹介しよう」


最上階に着くと、ガラス戸の前に立ちふさがるニーと目があった。
どうやら人払いされたらしく、不満げな様子を隠しもしない。

「リボーンさんがいらっしゃってますが」
「えっ、リボーンが?!」

会場に着くなり姿を消した師匠の名前に、ディーノはぎょっと目を剥いた。
九代目の娘に会って、一体何をしているのやら分かったものではない。

ニーが止めるより早く、ディーノは怒鳴りながら温室に飛び込んだ。

「おいリボーン!お前何して……ぶっ」

顔面に衝撃を受け、堪え切れず仰向けに倒れる。
ディーノの顔に蹴りを入れた赤ん坊は軽く跳躍し、少し離れたところに着地した。

「なにすんだよ、リボーン!いってええ」
「うるせーぞ。ノックの一つもしねーで入るんじゃねぇ」

レディに失礼だ。そう言って、赤ん坊が背後を手で示す。
カエルみたいにひっくり返った姿勢でその先を見上げ、ディーノは飛び起きた。

そこには、喧騒とは無縁の佇まいの少女がいた。
まだ幼女と言ってもいい歳だが、男たるもの女性の前で無様な姿を晒したくはないものだ。

「クレア、何もなかったかね」
「はい、お父様。リボーン様がいらしてくださって、思いがけず楽しい時間を過ごせました」
「そうかい。それは良かった」

鈴のように可憐な声が、ディーノを丸っと無視して九代目に届く。
その態度は、どうにも年齢にそぐわず大人びている。

「こちらはキャバッローネのボス、ディーノ君だ。クレア、ご挨拶なさい」
「はい、お父様」

九代目に促されて、クレアは席を離れ、ディーノの正面に立った。
スカートを少し持ち上げて、片足を後ろに引くようにして軽く膝を折る。

「初めまして。ボンゴレ九代目の娘、クレアです」

クレアの作法は、前世紀に姿を消した貴族たちのそれだ。
今ではイギリスやオランダの王室くらいしかしない、少し古風で上品なもの。

ごく自然な仕草でそれを行ったクレアに、ディーノは一瞬見惚れた。
とてもスマートで、匂いたつような気品が感じられる所作だ。

胸に抱いた誇りを高らかに示し、背には信念が通っている。
動作が完璧に板についており、無理に上品ぶろうとしたわけでないのは明らかだ。

「あ、いや、こちらこそ初めまして。キャバッローネの十代目、ディーノです」

気圧されながらも、ディーノはなんとか名乗り返した。
彼女のスマートな挨拶に比べて、なんと野暮ったくてつまらない口上だろう。

しかし、彼女の振る舞いはそもそも、幼い子供にできるものとは思えない。ディーノには、彼女の年齢と中身が一致していないように見えた。

「九代目。彼女が後継者なんですか?」

同盟の会合に子供を同伴するという事は、その子供を次代に選んだということではないか。
九代目も相応に高齢なので、ディーノはそう考えた。

「ああいや、そういう意図は無い。なにせ、彼女は『姫』だからね」
「……?『姫』、ですか?」

聞き覚えの無い単語に、ディーノは首を傾げた。
ディーノの知る限り、ボンゴレに姫呼ばわりされる存在は居ない。

まして、後継者かと聞かれて、そうでない理由になる『姫』に思いあたりがない。
件の『姫』に視線を向けると、彼女はにこりと笑った。
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