赤い毒
ザンザスは寝室に入り、ベッドの前で立ち止まった。どこかにいつもと違うところがあると、超直感が訴えている。
よく観察すると、枕の周りには不自然なシワがあり、下に何かを差し込んだことに気付く。

誰かが毒か爆弾でも仕込んだのだろうと思い、ザンザスは銃を片手に枕を持ち上げた。
意外なことに、枕の下には折りたたみ式のメッセージカードがあるだけで、他には何もない。手に取ってみると、いかにも安物らしいざらついた感触が指を這った。

「誰がこんな下らねぇことを……」

舌打ちしながら、ザンザスはそれを開いた。そして、白地に鮮やかな赤色で記された文章を読み、同じ赤色の瞳を見開いた。
超直感が嘘を告げたことは一度もない。今までの経験がそれを証明している。それでも、ザンザスは今、超直感を疑いたくなった。
これが真実であってはならない、ただその一心で。

――九代目は、貴方と貴方の母に嘘をついた。ブラッド・オブ・ボンゴレ無くしてボスにはなれぬと知りながら。
――真実を知りたければ、彼の日記を読むといい。それは私書室に隠されている。



目を覚まし、スクアーロはただ白いな、とだけ思った。天井が白い。体を起こそうとすると、どこもかしこも痛い。
剣帝に挑んだことを思い出し、はて勝敗はどうなったのかと考える。

生きているから、勝てたのだろうか。それとも、無様に負けて、情けで生かされているのだろうか。
極限状態の戦闘だったせいか、二日目の昼からの記憶がはっきりとしない。

真っ白な視界の端に何かがちらついたように思い、スクアーロは瞬いてそちらの方を見た。そして、ボンゴレの小娘を見つけて、眉間にしわを寄せる。
項の毛がぞわりと逆立ち、腹の底から怒りのようなものがふつふつと沸いてくる。

「こんにちは。意識が戻ったのね」
「……。何しにきやがった、クソガキ」
「ご挨拶ね。どうしてそんなに機嫌が悪いの?」

とぼけた表情で問うてくるガキを睨みつけ、スクアーロは目を閉じた。首を動かすのさえ辛い以上、お前の相手をしたくないと示すにはそれくらいしかない。
それでも、囀りのようなクスクス笑いは遮断できず、不快感は収まらない――そう、不快だ。

ラベンダー色のワンピースを着て、髪を編み下ろした彼女は、とても楚々として可愛らしい。それでも不快に感じるのは、彼女が内心と相反する表情を浮かべているからだ。
たった五歳の子供が、作り笑いなどするものか。

「今日は貴方の勝利を讃えに来たの。おめでとう、剣帝の称号は貴方のものよ」
「……俺が勝ったのか」
「覚えていないの。勿体ないことをしたわね」

クレアはベッド脇の椅子に腰かけ、スクアーロの全身を見回した。眼光こそ爛々と力強いが、今の彼には剣を振るうだけの力はないだろう。
ずいと近寄ると、彼の眉間にさらに皺が増える。サメという名前なのに、反応は猫のようで面白い。

「お祝いは何が良い?地位、それともお金?」
「要らねぇ」
「ヴァリアーのボスの座も?」
「……」

ボスを倒したとはいえ、スクアーロはまだ若干十四歳の若造だ。剣の腕前は当代一でも、暗殺に関しては素人に毛が生えた程度のものだ。
たとえボスになったとしても、幹部連中は認めないだろう。

遠からぬ未来、何らかの手で殺されるだろう。スクアーロとて簡単に殺されるつもりはないが、相手は暗殺のプロ集団だ。
剣一本で立ち向かうには難しい相手だということは、十二分に理解している。

「困ったわね。器と意思はないけれど、主張する権利と力はある――そんな貴方が宙ぶらりんだと、みんな落ち着かないのよ」
「……俺は、俺の認めた奴にしか従わねぇ」
「あら、だったら貴方、私の誕生日パーティーにいらっしゃいな」
「寝言は寝て言え」

即断し、スクアーロは顔を苦々しく歪めた。何が悲しくて、こんなガキの誕生日パーティーに行かなければならぬのか。
上流階級の社交場に招いてやることを、貧民に与える最上級の名誉と思っているのなら大間違いだ。嘲笑と憐憫の的になりながらフルコースを食べるより、路地裏で野良犬とピザを分け合った方がよっぽどましだ。

「私に従えなんて言ってないわ。パーティに来た幹部の中から、自分のボスを選んだらって提案してるの」
「幹部ねぇ……俺より強い奴は来るのか?」
「ええ、勿論。貴方が逆立ちしたって勝てない人が、一人だけいるわ」

声を弾ませてそう答えたクレアを一瞥し、スクアーロは口をへの字に曲げた。今の言葉だけは、間違いなく本心から出たものだ。
その人のことがよほど好きなのだろう、途端に目がきらきらと輝いた。

「兄様はとっても強くて、聡明な人よ。ボンゴレで兄様に勝てる人なんていないわ」
「てめぇみたいなやつが、誰かをそこまで褒めるとはな」
「まあ。おかしなことを言う人ね、私のことなんて何も知らないでしょうに」

手で口元を隠し、クレアは嗤った。戦いに重きを置く生き方のせいか、スクアーロという青年は獣じみた洞察力が高いようだ。
しかし、彼には情報がなさすぎる――クレアという存在を歴史がいかに語ったか、彼は知らない。ゆえに、その本質を知りえぬまま、ただ手のひらの上で転がされる。

クレアは手を叩き、室外のチェルベッロを招き入れた。彼女の手には見舞いの花を飾った花瓶があり、それをサイドテーブルに置かせる。
絢爛と咲き誇る赤い花が目の前に現れ、スクアーロがぎょっと目を剥く。

「おい、なんだァこの花は」
「素敵でしょう?庭師に頼んで作ってもらったの、貴方が暇を潰せるようにって」
「ふっざけんな!誰が花なんざ、っ……痛っ、てぇ」

思わず怒鳴り散らし、スクアーロは激痛に喘いだ。飛び起きようとしたのに、ベッドに張り付いたように背中が浮かない。
激痛が自由に動けない腹立たしさに拍車を掛け、スクアーロは唯一動く目でクレアを睨んだ。手が動くなら、胸倉を鷲掴みにしているところだ。

「今の貴方にできるのは、花を見るくらい。でも、そんな有様では、兄様のお眼鏡には適わないわ」

全身を包帯でぐるぐる巻きにされた彼の腹の上に、クレアは招待状をぽんと放った。ザンザスと彼を引き合わせるため、予め用意してあったものだ。

「チャンスを得たいなら、自分の足で立って歩いていらっしゃい」
「舐めてんじゃねぇぞ、クソガキ!歩けるようになったら。いの一番に叩き斬ってやる!」
「あら素敵。待っているわ、そんな日が来るならね」

クレアはコートと帽子を手に持ち、病室を見渡した。真っ白な病室に、赤い彼岸花はよく映える。兄の瞳を思わせる、きれいな赤色だ。
回復するまでの間、スクアーロはずっと苛々しながらそれを眺めることだろう。その色が目に焼き付いて、同じ色に反応しやすくなるとも知らずに。

「さようなら。次はパーティでお会いしましょう」

スクアーロの病室を出て、クレアはまっすぐ玄関へと歩を進めた。それが意外だったのか、チェルベッロの一人が急ぎ足で隣に並ぶ。

「彼は見舞いに行かなくていいんですか」
「誰のこと?」
「アルコバレーノ、バイパーのことです。仔細は聞いているのでしょう?」

クレアは足を止め、苦悶に顔を歪ませた。デイモンに唆され、秘密を暴くことに加担した愚か者――アルコバレーノ・バイパー。
ザンザスが彼を追い詰め、瀕死になるまで痛めつけ、そして跪下に付くことを条件に命を助けたことは聞いている。
そして、スクアーロと同じこの病院に居ることも。

「彼は私の大切なものを危険に晒した。兄様が許しても、私は許さないわ」

クレアの記憶には、国の命運さえ左右するほどの秘密がある。クレアでさえ、過去を語る時には細心の注意を払い、無用な混乱を招かぬよう配慮する。
バイパーは愚かにも、我欲によってそれを暴こうとした。

P2に殉じた数多の命、その犠牲によって辛うじて保たれた均衡、守られた正義。そして彼らの命を魂緒として繋いだ、脆く細い希望、未だ遠く淡い未来。
もしクレアが細工をしなかったら、それら全てがデイモンの掌中で握りつぶされるところだったのだ。

そんなこととも知らず罪を犯し、そして今も知らぬ愚か者。誰がそんな者に微笑もう、生存を祝福しよう。
己の過ちと罪を悔いて詫びるまで、彼は許されるべきではない。

クレアは再び、出口に向かって歩き出した。祈るように眉を寄せ、それでも確りとした足取りで歩を進める。チェルベッロは異を唱えず、その後を追った。
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