真実に触れる
ベッドに横になり、クレアは壁掛けの時計を見た。八時に眠るなんて、まるで普通の子供みたいだ。
初代の時でさえ、こんな時間に眠った例はない。

ぬいぐるみのテディを抱きしめ、クレアは目を閉じた。なかなか寝付けないだろうと言う予想に反し、睡魔はさざ波のように押し寄せてきた。
睡蓮の水辺に眠ったオフィーリアのように、クレアの意識は深く深く沈んだ。



寮を抜け出し、ザンザスはパレルモ郊外の野原に踏み入った。近くに民家の明かりはなく、そこは予想以上に闇の淵に沈んでいた。
明かりが欲しい所だが、誰かに見られては拙いので我慢する。

仕方なく、ザンザスは適当な枝を折り取って、地面を叩いて回った。この野原のどこかに隠されているはずの、緊急避難経路を探す。
九代目の私書室に忍び込み、真実を確かめるために。約束されていたはずの未来が、今も本当にそこにあるのかを知るために。

顎に伝った汗を拭い、ザンザスは闇雲に地面を叩いて回った。そして、一時間ほどかかって、枯れ草に埋もれたマンホールを探し当てた。
蓋を持ち上げると、腐敗した水の異臭がツンと鼻を突く。大人一人が余裕で通れる幅のパイプが地下へと伸びており、ザンザスは壁の梯子を下りた。

一番下まで行くと、溜まった雨水がスラックスの裾に跳ね返り、ザンザスは舌打ちした。すでに草の汁やら汗やらで汚れているが、不愉快なことに変わりは無い。
ライターの火を付けて周囲を窺うと、薄く掘られたボンゴレの紋章が目にとまる。どうやらここが、緊急避難経路で間違いないらしい。

ライターの火を消し、ザンザスは憤怒の炎を手に灯した。そして、地下道への侵入を阻む鉄柵に触れた。破壊すると気付かれる恐れがあるので、溶かして抉じ開ける。
余裕で通れるくらいの穴を開けると、ザンザスは先を急いだ。

細かく分岐した道を直感で選び、突き当たりの扉を開けると、だだっ広い空間に出た。天井高はゆうに十メートル、奥行きは柱に遮られて定かではないが百メートルはあるだろう。
天井や壁は荒削りの岩肌で、ゴミが散乱している。足元の電灯も所々切れており、管理が行き届いていないのがよく分かる。

壁を見ると、ザンザスが出てきたもの以外にも扉があった。他の逃走経路か、侵入者を足止めするためのフェイクだろう。
ザンザスは超直感で選んだ扉のドアノブを掴み、鍵ごと溶かして強引に押し開いた。

猫の額ほど狭い部屋に、いかにも階段を隠していそうな空っぽの棚が一つ。銃や弾の詰まった木箱が三つ四つと、簡単な医療キットが一つ。敵に反撃しながらここまで逃げてきたら必要そうなものばかりだ。

棚をぐいと手前に引っ張ると、予想通りその奥に階段があった。人が二人は並んで通れるくらいの幅はあるが、かなりの急勾配で少し古い。
よく見ると、踏み板の埃に足跡が見えた。どうやら、最近ここを通った者が居るらしい。

「……差出人か」

不吉なメッセージを寄越した誰かは、この道を通ったのかもしれない。ザンザスと同じように、私書室にある九代目の日記を盗み読みするために。
成人男性と思しき大きさの靴跡は二人分あり、この階段を往復している。真実を確かめた暁には、正体を突き止めて殺さねばならない。

ザンザスは足跡を踏むようにして階段を登り、見知った隠し部屋に入った。ここにも銃や弾のストックや医療キット、食料などが備え付けられている。
先ほどの部屋と違って、ここはきちんと整備されていた。

ここから先は、勝手知ったる道だ。ボスの私書室に行くには表の廊下に出なければならないが、そこまでは隠し廊下を使えばいい。
角を一つ曲がれば私書室というところで、ザンザスは足を止めた。部屋の前で、体格のいい男が二人、警備をしていたからだ。

「ハッ……どうやら、嘘じゃねぇらしいな」

ザンザスはポケットに右手を突っ込み、折りたたみナイフを握った。そして、何食わぬ顔で二人の前に歩いて行った。

「そこに用がある。退け」
「申し訳ありませんが、ボスの許可がなければ通せません」
「ジジイの許可なんざ要るか、カスが」

言った瞬間、ザンザスはポケットから手を出して、右側の男の喉を掻っ切った。間髪いれずに左の男の喉に肘を叩き込み、壁に押し付ける。
喉を封じさえすれば、応援を呼ばれることはない。

抑え込んだまま、男の心臓にナイフを突き立て、動かなくなるまで壁に押し付ける。そのままどちらも息絶えるまで待ち、確実に死んだのを確認してからその辺に転がらせる。
これで、警備が交代するまでの間は静かに調べることができるだろう。

ザンザスは扉に掛けられた錠前を掴み、憤怒の炎で溶かした。足を掴む手が緩み、いよいよ私書室に入る邪魔はなくなった。
僅かに震える手で扉を開き、部屋の中に忍び込む。誰が居るわけでもないのに、足音を消していたことに気付いて、滑稽さに呆れかえる。

手探りで明かりを付けると、こじんまりとした部屋の全てが目に飛び込んでくる。黴臭い古書、古びた手製のタペストリー、よくわからない骨董品、ずらりと並んだ写真立て。
一つ大きな写真には、若かりし頃の九代目とその妻が映っていた。

なんら価値を見いだせない、ガラクタばかり。まるで九代目の心の中そのものだと、ザンザスは思う。イタリアで一番の富と権力を持っているくせに、それを誇りもしない。
無価値なものを偏愛し、フランス人でもあるいまいに愛などとうそぶく。

温厚で、鷹揚として、冷徹さの欠片もない老人。ボスはおろか、マフィアの風上にもおけない軟弱ぶりには反吐が出る。
腹の底は真っ黒で、普段は演技しているのではないかと期待したくなるくらいだ。

この部屋にいると、原油を抱えた大地のように、心の底がどんよりと澱む。抑えがたい怒りに首筋が総毛立ち、目的を忘れて大声で何かを罵りたくなる。
深く息を吸い込み、ザンザスは冷静にあろうと努めた。ここで騒いだら、日記を読む前に捕まってしまう。

ザンザスは部屋を見渡し、日記を探し始めた。狭い部屋なので、探す場所はそれほどない。本棚を確認したら、あとは机くらいしかない。
机の上には、九代目が趣味で書いているエッセーの原稿と、読みかけの本が何冊か。あまり筆は進んでいないようで、薄らと埃が積っていた。

ザンザスは引き出しを探し、ボンゴレの紋章が付いた日記帳を見つけた。これを読めば、あの日の真実を知ることができる。
しかし、いざそれを手にすると、どうしようもない虚無感が沸き起こる。熱意はザンザスを顧みずにさっと薄らぎ、真実を紐解く勇気をも連れ去ってしまう。

「カスが……!」

護衛を殺してまで辿り着いたのだ。今さら尻込みしたところで、何もなかったことにはできない。人生の転換点であればこそ、後戻りはできないのだ。
ザンザスは震える手で日記を開き、目当ての記述を探した。日付は覚えている。他の何を忘れても、この日のことは決して忘れない。

初めて手を繋いだ母のこと、九代目が膝をつき、マフラーを巻いてよこしたこと。何もかもを、今も鮮やかに記憶している。
頁をめくる手が、その日付を見つけておのずと止まる。

――今日、私の息子だという子供に会った……
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