一人、また一人
ザンザスはアルコバレーノを見下ろし、いかに処すべきかを考えた。殺すのは簡単だが、ただ殺してしまうには勿体ない。

「生きたいか、アルコバレーノ」
「……生きたい。見逃してくれるなら、なんだってするよ。なんだって……!」

ふっと殺意が和らぎ、バイパーはのろのろと上体を起こした。見上げた先、聖壇を背にした男は、とても楽しそうに笑っている。教会の窓という窓から差し込む光を背に受け、世界で一番に燦然と輝きながら、悪魔のように笑う。神をも凌ぐ悪性があるとしたら、まさにこの男の宿す狂気だろう。

「俺に付くなら、生かしてやる。テメェの持つ力すべてを俺の為に使え、アルコバレーノ」

バイパーの体に、これまでとは違う震えが走る。死への恐怖は消え去り、男への畏怖とも歓喜とも付かぬ感情が雫となって頬を伝い、石畳を打つ。理不尽な運命が神だとしても、この男ならばそれに打ち勝てるかもしれない。

「付いて行くよ、……ボス」

涙に濡れた石畳に額を擦り付け、バイパーはどうにか言葉を絞り出した。気力で保っていた幻覚が崩れ、激痛に耐えきれず意識を手放す。ぐったりと横たわる小さな体を抱え上げ、ルッスーリアは微笑んだ。

「あらまあ、ひどい怪我。病院に連れて行っても良いかしら」
「好きにしろ」
「了解!レヴィがじきに迎えに来るから、安心してね、ボス」

車のキーをくるくる指先で弄びながら、ルッスーリアは教会を後にした。ワンブロック先に停めた車に乗り、助手席に羽コートに包んだアルコバレーノを乗せる。パレルモ一の名医に電話しながら、頭巾を被った頭を指先で撫でた。彼の耐えた苦痛と、その末に得た奇蹟を思うと、自然と口角が上がってしまう。

「よく頑張ったわね。大丈夫よ、死なせたりなんてしないから」



同じ頃、スクアーロは応接室で二人の客人と対応していた。黒い膝丈のトレンチコートに黒いスラックス、きらりと輝く黒の皮靴。胸元のエンブレムを除けば、全てが黒で統一された服装だ。こんな恰好をしているのは、イタリアでは葬儀屋か暗殺者くらいしかいない。そして彼らは、冴え冴えとした眼光や扱けた頬の具合から考えて、明らかに後者だ。

一人が懐に手を入れるのを、スクアーロは黙って見守った。相手が銃を出そうとも、即座に対処できる自信はある。踏ん反り返ったスクアーロの姿をちらりと見て、男は懐から取り出した封筒を突き出した。

「何だ、コレ」
「推薦状だ。我々の隊に入るなら、それに署名をしてもらいたい」
「はっ、俺を雇いてぇってんだから、ちったぁマシな組織なんだろう……な……」

悪態をつきながら中身を取り出し、スクアーロは目を瞠った。ボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアーの名が目に飛び込んできて、言葉を失う。ヴァリアーのボスである、剣帝テュールじきじきの推薦だ。

「……ッ、なるほどな。あのガキ、まじてやりやがるとは」

クレアという名の小娘は確かに、約束通りに渡りを付けてくれたらしい。それも、予想よりも遥かに早く動いた。あの剣帝と謳われる男と戦える――そう考えただけで闘志が抑えきれず、背筋がぞくぞくする。

「入隊してやってもいいぜ。条件を守るならな」
「条件を付けるのはこちらだ、貴様ではない」
「いいや、俺が条件を付ける。そう聞いてるんだろ?――剣帝との決闘だ」

推薦状を弄びながら、スクアーロは使い走りの男達を睥睨した。男達も負けじと睨み返してくるが、臆した時点で勝敗は決まっている。歯ぎしりしたくなるような沈黙の末、一人が先に根を上げた。

「確かに、決闘を要求されるだろうとは聞いていた。もし要求されたら、連れて来いともな」
「なら話は早ぇ、連れて行け」
「……っ、どうしてこんな無礼なガキを……」

男が小声で不満を漏らす。瞬時にその喉を切り裂き、スクアーロは残ったもう一人に剣を突き付けた。いつ抜刀したのかもわからない体たらくで、よくもまあヴァリアーに入隊できたものだ。おそらくはコネで入っただけの、使い捨ての部下だろう。

「連れて行けっつっただろ。さっさと立てよ」
「しょ、署名は」
「うるせぇな、決闘に勝ったら署名してやるよ」

署名しても、負けたら意味がない。それならば、勝ってから署名しても同じだ。スクアーロは推薦状を男に放り投げ、先に行くよう顎で指示した。男は屈辱に顔を歪めながらも、命が惜しいらしく大人しく従う。
男の運転する車に乗り、スクアーロは流れるように過ぎ去る景色を眺めた。命がけの決闘、それも実力は自分より数段上の剣士を相手取ると言うのに、頭の中は氷のように冷静だ。

いつもそうだ。血は熱く滾っているのに、頭のどこかに必ず冷静さが残る。それがあるから、勝つための戦略を、戦いながら考えることができる。考えながら、全力で剣を振るうことができる。
浮足立つこともなく、緊張で手が震えることもない。古城の前庭に車が入った時は驚いたが、玄関にベルボーイが控えているのを見ると吹き出してしまう。不謹慎さを咎める視線を運転席から感じるが、可笑しくて仕方がない。命がけの殺し合いをしようという奴を、丁重に玄関から迎えるなんて馬鹿げている。

「……スペルビ・スクアーロ様ですね。ボスがお待ちです」

ベルボーイは儀礼的にそう告げ、付いてくるようスクアーロに目顔で促した。渋々あとをついて行くと、やたら古めかしい内装の部屋を幾つも過ぎて、裏庭へと案内される。
もう何年も手入れされていないのだろう、そこは荒れ放題の野原だった。大雨で山から押し流されてきた土砂や木石もそのまま、花壇の残骸くらいしか庭の名残を感じられるものはない。

「うぉぉい、随分な待遇じゃねぇか。パーティにでも招待されたか?」
「いいえ。庭と一続きの、山一つ向こうまで広がる森のすべて――それが、決闘のフィールドです」
「テュールはどこだ?」
「あちらにいらっしゃいます」

ベルボーイの指さす方を見て、スクアーロは驚いた。剣帝と称される男が、剣士らしからぬ大柄な、スパルタの戦士のような体格だったからだ。岩のようにごつごつした顔、切れ込み様な細い目。背は九代目の『雷』ほども高く、筋骨が隆々として逞しい。剣よりも斧でも振るった方が似合いそうだ。
そのくせ、存在感はまったくなく、完全に巨岩と同化してしまっている。さすがはヴァリアーの隊長というべきか、気配の消し方がその辺の雑魚とは比べ物にならない。

「剣帝、テュール……お前を殺して、俺が剣士の頂点に立つ!」

スクアーロは剣を抜き払い、宣言と共に勢いよく切りかかった。テュールもまた素早く剣を抜き、初撃を右腕一本で難なく受け止める。鍔迫り合い、交差する剣を挟んで、二人の目が合う。

「ほう、お前が噂の道場破りか。なかなか良い目をしている」
「あぁ?」
「だが、まだ未熟だ。技は身に付けども、自分の剣にまで昇華していない」

腕力だけでスクアーロを押し返し、刃を袈裟がけに振り下ろす。一瞬遅れて、スクアーロの服に切れ目が走る。押し返された時に後ろに跳んで、かろうじて躱したのだ。
実力差は歴然としているが、スクアーロは本能的にそれを補おうとしている。熟練の技が勝つか、未熟な可能性が勝つか――剣士の頂上をかけ、二つの剣が火花を散らす。

そして、大凡の予想に反し、勝利は若き剣士に与えられた。叩きつけるような雨の中、幾度も戦況は流転し、体力も気力も限界を超えた。二日二晩に及ぶ死闘の末、スペルビ・スクアーロは剣帝と謳われた男の首を、一刀の下に断ち切った。
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