抱えた枕

ステラとフィッシャー・タイガーとの会話は、一時間程で終わった。
魚人海賊団の船長室から出て来たステラの顔は真っ青で、足元も覚束ない。


「ステラ、どうしたんだよい。一体、何が………」
「何も、……特には、ありません……ただ、少し、無理を……」
「……ステラ、まだ男性恐怖症、治ってなかったな。一時間なんか、無理だよい」


ジンベエが大丈夫だったのは、たまたま見知った顔で、ステラの事を深く理解していてくれたからだろう。
まだ決して、男性に恐怖しなくなった訳ではないのだ。


「ステラ、モビーに戻るよい」
「はい……」
「ステラ。オヤジには釈明してくれ」
「?」


マルコは苦笑いし、ステラを抱き上げた。突然抱き上げられて、ステラは息を呑む。

「マ、マルコさま……」
「そんなフラフラじゃ、船渡しは渡れないよい。辛いと思うけど、モビーまでは我慢してくれ」


ステラが、白ひげ以外の者に抱き上げられる事に抵抗を覚えるであろう事など、マルコは知っている。

だが、ステラが万一足を滑らし、海に落ちたら、マルコは助けてやる事ができない。

また、海に落ちて風邪でも引こうものなら、ナース達は激怒し、マルコやジンベエに詰め寄るに違いない。
(いきり立ったナース程怖いものはない。海軍や古代兵器が可愛く見えるくらいだ)

なにより、この大事な時期には特に、ステラには身体を大切にして貰いたいと、マルコのみならずクルーの皆が思っている。

ステラをモビー・ディック号の甲板に下ろすと、直ぐさまナース達が駆け付けてきた。

「ステラちゃん、顔が真っ青よ!何があったの?!」
「あー…慣れない男と会話して、気疲れしたんだと思うよい」
「何ですって?!マルコ隊長、何してたんですかっ!」


ぐわりと火を吹かんばかりにいきり立つ。
正直、ゴルゴンもとんで逃げかねない恐面だ。
ジンベエは驚きの余り声も出ない。


「すまねぇよい」
「この大切な時期に!フィッシャーさんにも文句言ってやるわ!」

「タバサさま、それは、なりません。私が情けないばかりで……フィッシャーさまは、何も悪うございません」


「いいえ!男の風上にも置けないわ。うちの船長なら、ステラちゃんを気遣うぐらいするものっ」


それはそうだろ、という言葉を、マルコは何とか飲み込んだ。
言おうものなら、確実に命が危うい。

ステラの手をとり、気遣いながら歩き出すナース達を見送ってから、マルコはジンベエを振り返った。


「あー……凄い剣幕ですな」
「まあな……男は女にゃ勝てねぇよい。ジンベエ、悪いが、しばらく避難しに行ってもいいかい?」

ステラが落ち着いた後、マルコに詰め寄るナースの姿が、容易に予想できた。
下手したら、ジンベエも詰め寄られかねない。

「勿論、避難しましょう、マルコさん」

二人は、魚人海賊団の方に戻った。




ステラは帰ったあと、ナースやサッチ達と過ごし、ようよう平静に落ち着いた。

が、夜半。ステラは、疲れ故に早く眠ろうと考え、就寝時間を早めたのだが。
何度羊を数えても、フィッシャー・タイガーとの話が浮かび、眠れない。

眠れないまま過ごすと、明くる日の体調が芳しくないのは予想できる。
だが、眠れないものを眠ろうとしても、時間ばかり過ぎるだけだ。

一時間程奮闘し、ステラは諦めた。
諦めて、起き上がり。枕を抱えて、ベットの上で、しばし逡巡し、やや置いて部屋を出た。




入浴を済まし、いざ寝んとした白ひげは、自分の部屋の前に立つステラを認めた。
薄いブルーの寝間着を纏い、枕を胸に抱えるようにして、ステラは、怖ず怖ずと白ひげを見上げた。


「エ、エドワードさま……その……」
「グララララ……どうした?」
「眠るのが、怖く、淋しいのです。その、嫁入り前にはしたないとは、思うの、ですけど、」


白ひげの前で、見る間にステラの耳や首筋が赤くなる。
言いあぐねて言葉を必死に捜すステラを見、白ひげは顔が綻ぶのを抑えられない。
ステラの言いたい事は、抱えた枕が物語っている。


ステラを抱き上げ、その髪に軽く口付けた。ふわりと香るシャンプーが、何とも言えぬ愛おしさを沸き上がらせる。


「ステラ。今晩、添い寝しろ」


かぁぁ、とステラの頬に赤みが走り、白ひげを見上げる目が羞恥に潤む。
けれども、ステラの頬は嬉しさに緩み、白ひげの気遣いを喜んでいるのがありありとわかる。


普段の色恋を思わせるスキンシップも、ステラは慣れなくて赤らむのだ。
独り寝が淋しいから一緒に寝て欲しいなどと、思うだけでも恥じらい、まして口にも出すとなれば堪えられない。

それと知っているから、白ひげは命令し、添い寝という形で、その願いを代言した。


「はい、エドワードさま。わ、私も、そのっ……添い寝、しとう存じます……!」


言い終わるや、ステラは、白ひげの首筋に顔を埋めて顔を隠そうとするが、その熱さは隠せない。

白ひげは満足そうに笑い、その身体を一層抱きしめ、ベットに向かう。

同じ毛布のなかで横になり、力強い腕のなかで、ステラはようやく安心する事が出来、瞼を閉じた。



(はしたないけれども)(このように不安な夜は、貴方なしでは眠れないのです)(温かい)
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