恩返しの鶴

「ステラ、サッチが探してたよい」
「あ……マル…コ、さま」

ステラが白ひげと対話してから、早くも四日。

サッチやマルコは、ナースの居ぬ間を見計らっては手作りの菓子――クッキーやケーキ――を持ち込んで、ステラとの対話を試むようになった。


「ステラ、クッキー食うか?」
「あ、はい。……いただきます」
「今日はチョコレートクッキーなんだぜ。ステラちゃんはチョコレート、好きか?」


こくりと頷き、サッチな差し出すクッキーを口に含む。さくり、と白い歯がクッキーに食い込む。


「……美味しいです。その、サッチさまは、チョコレートは、お好きですか」
「ん?んー……甘いもんより肉だな、俺は。マルコは無類の甘党だけど」


マルコが生クリームを飲みながら、ケーキを食べていたのを思い出し、ステラは少しだけ微笑んだ。

サッチ達が構い倒すものだから、さしものステラも、本当に少しずつだが、慣れつつはあった。
少なくとも、微笑むくらいには。


「ステラちゃん、カモメが荷物を持ってきたんだけど……ってまた!サッチさん、此処は男子禁制ですっ」


一抱えもあるような荷物を手に、タバサが入ってくる。や否やサッチを見咎め、きっと眉を吊り上げた。


「良いじゃねぇか、お茶するくらい」
「良くありませんっ、ステラちゃんとお茶するのは私達ナースと決まってるんです」
「えー」
「えーじゃありません!大体、サッチさんもマルコ隊長もジョズ隊長もティーチさんも私達の居ぬ間にうろちょろと侵入して………!」

タバサががみがみとサッチに詰め寄るのを見て、ステラは困惑した。
確かに、まだ落ち着かなくて気疲れすることはある。だが、せっかく親しみをもって接してくれているのにと思うと、彼等を拒絶したくない。

だから、サッチを責めないで欲しいのだが、タバサは落ち着きそうにない。
ふと、クッキーが目につく。
うち一つを取り、タバサに向き直る。

「タバサさま」
「なぁに、ステラちゃ……むぐ」


神速、ステラはクッキーをタバサの口に含ませた。タバサは大人しくそれを咀嚼し、飲み込む。


「美味しいでしょう、タバサさま」
「……ええ」
「サッチさま達は、いつも手作りのお菓子を持って来てくださいます。アップルパイは冷めないうちに、プディングは温もらないうちに。サッチさま達とのお茶も、タバサさま達とのお茶も、どちらも好きです。……タバサさま、サッチさま達とのお茶は……駄目ですか……?」


捨てられた子犬のような、すこし悲しそうな目で見つめられ、タバサはくらっと倒れそうになった。


「確かに、私は恐怖症が治ったわけではありませんけど……でも、ただ怖いだけの存在ではないのだとも、教えていただきました。だから、私は、この理不尽な恐怖を取り除くべく頑張りとう存じます」

「でもね、ステラちゃん。男ってのは優しくすると付け上がるし、我が儘放題よ?」

「いいえ、白ひげさまやサッチさま達は、そのような方ではありませんわ。我が儘なら、きっと私の方が……」


言いかけて、ステラは言葉を途切れさせた。その続きを言えば、きっとタバサは否定するだろうと思ったからだ。

ステラは、自分がとても我が儘を言っていると思う。

助けてくれた命の恩人達に、自分は随分失礼な態度をとっている。とりたくないのだが、男を見ると無意識に体が震えるのだ。
仕事も手伝えず、日がなのんびりさせてもらっているというのに。


仕事で忙しいだろうマルコやサッチが、飽きもせず話し掛けてくれるのはとても嬉しい。
ナースが出払っているときで、ステラが淋しいだなどと思ってるとき、決まって甘いものを片手に来てくれる。

その優しさが嬉しい反面、とても申し訳ない。


「私は、……次の島でお別れですもの……なのに、何の御礼もできません」
「お別れ……お別れって、船を下りるのか?何で?」
サッチがさも意外そうに聞いてくるので、ステラは目を瞬かせた。


「だって、私は九蛇の者。九蛇の女は、九蛇に居なくてはならないのです。それが、掟ですから……」

サッチが理解しがたそうに眉を寄せる。
ステラは、いずれ白ひげを去るのが当たり前だと思っていた。だが、サッチやマルコはそうだと思っていないことに、いまさら気付く。


「ステラは、白ひげがいやか?」

「いいえ。とても、大好きです。優しくて、温かくて、そう、家族と言いましょうか。そういう雰囲気が、私は好きです。でも、私は何の役にも立てません。足手まといで、非力で、クルーの方々に笑顔で話し掛けることもできない」

「そんなこと無いわ。ステラちゃんが足手まといや役立たずな訳無いでしょう?」

「でも、私は戦えず、守れず、癒す事もできません。そのような体たらくで、白ひげに居たいなどという我が儘は、言えません。誰が認めようと、そのようなことを言う私を私が許せません」


タバサとサッチが目線を交わす。タバサは一つ頷いて、部屋を出た。

サッチやマルコは、ステラが船を下りるなど想像していない。白ひげの、ステラと別れるのは余り気が進まないような様子を見たからだ。

ステラを一目見たクルー達は、ステラを遠巻きに見ている。ステラはか弱く見えるから、どう話し掛けたらいいのかわからないらしい。

だが、接点がなくても、ステラが船を下りると聞いたら、彼等も少なからず衝撃を受けるだろう。


「じゃあ、ステラちゃんが強くて、戦えて、守れて、癒やせたら、ステラちゃんは白ひげに居てくれるのか?」
「………はい。居たいです」


でも、現実には、帰る場所は九蛇しかない。
ステラは俯き、目元をそっと拭った。

「………サッチさま。また会えたら、その時は、また、クッキーを焼いてくださいますか……?」
「もちろんだ。千枚だって二千枚だって、焼いてやるよ」

ステラは、とても嬉しそうに微笑んだ。




真夜中、ステラはナースが寝静まったのを見計らうと、ベットの上で起き上がった。
それから、昼間タバサがカモメから貰って来た荷物を開いた。

中から出て来たのは、鈎あみと太めの毛糸だ。ステラは、それを手にとると、慣れた手つきで、すいすいと編み始める。


黒い毛糸を使って、ようようカーテンくらいの大きさになると、ステラはそれを隠して、眠りについた。



ステラが白ひげから下りる島まで、あと三日ばかり。

い、(お別れだなんて)
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