嘘つきと詰る痛み
誰も居ないのを確認し、ステラは、いそいそと編み物を始めた。
夜に編んでいただけでは進まなず、ステラの目指す完成にはまだ遠い。


「……ふぅ……」


ステラは手をとめ、壁に掛けられたカレンダーを見た。
ワノクニ上陸、と書かれた日まで、あと二日。
あと二日で、この白ひげ海賊船とも、お別れなのだ。そう考えると、胸がつきりと痛む。

何故かはわからない。
わからないが、涙が零れそうになって、慌ててごしごし拭う。
もしステラが泣いているのをナースが見たら、きっと慌てるだろう。そして、事情を聴かんとするだろう。


白ひげ海賊船を去るのが悲しいなどと、どうして言えようか。いや、言えない。
それが当然で、むしろ悲しむ理由がない。ステラは九蛇に生きる定め。
白ひげに居ても役立たず、足手まとい。

もしかしたら、白ひげも厄介払いできて丁度いかもしれないのに、去りたくないなどとは言えない。


ステラは、自分は九蛇の者だと言い聞かせ、ハンコック達を探して九蛇に戻らなくてはいけないと胸に書き付ける。

だが、どれほど書き付けても、むしろ悲しみが増して、涙が滲む。


「だめ……これからは、一人なのに」


ぶんぶんと頭を振り払い、ステラはまた編み物を再開した。黒い毛糸に白い毛糸を絡ませ、更に編みあげていく。
ナース達は定時報告やらで居ない。
針が一つ回ったが、帰ってこないので、随分編み物が捗る。

ステラを下ろすのは反対だとナースやマルコやジョズが抗議しているなど、知るよしもない。


コンコン。

ノックにはっとして、慌てて編み物を隠す。どうぞ、と答えれば、ドアは開かれた。
白ひげが入ってくる。


「白ひげさま」
「明後日、ワノクニに着くんだが……その前に聞きたいことがある」


ステラは手をあげて、白ひげを制す。
白ひげが言葉を切ると、ステラは微笑んだ。

「当初も申しましたように、私は九蛇に帰ります。九蛇の海賊船がよく現れる海域に居れば、再会出来ましょうから……」

「……そうか……」
「白ひげさま。こんな浅ましい身の私を、家族とよび、親しんでくださったこと、とても嬉しゅうございます。何より、この心を救ってくださった恩は、生涯忘れません。本当に、ありがとうございます」


深く頭を下げ、ステラは長い髪のうちに表情を隠す。


「私が、九蛇の人間でなかったら……男を恐怖しない心であったなら、……真の家族になりたいと、思いました。夢にまでみたように優しくしてくださって……」

「………ステラ。俺の船に乗り続ける気はねぇか」


ステラは顔をあげ、にっこりと微笑んでみせる。


「……いつか、また……巡り逢えたなら、その時私が、今よりも強くなっていたなら、……もう一度、問うてください」


ステラは明言するのを避けた。だが、それには紛れも無く意志がある――――乗り続けるつもりはないという、意志が。


「白ひげさま……私は、……いいえ、何でも。何でもありません」
「グラララ、どうした?」
「私……、私は、とても我が儘です。きっと世界の誰よりも傲慢でしょうね」
「ステラ?」

「白ひげさま。私は、大切なものの為なら、色をかけ、嘘をつきました……でも、私は救われてから、ただ一度も嘘をついていないのです。それが嬉しくて……」


天竜人に、愛してるわ、と嘘を囁いた。
ハンコック達を守る為の嘘。
ハンコックに手を伸ばした天竜人に、ステラは嫉妬してみせて気を引いた。
そんな婢みたいなこと、したくないのに。

白ひげの前では、嘘をつかなくてよかった。
自然に表情が零れるのを感じた。
計算尽くしの笑顔の仮面を、被る必要がなくて。

とても、嬉しかった。

海のように広い心に抱かれて、まどろみさえする心地よさ。
白ひげの豪快な笑い声。

頭を撫でてくれる、大きな手。忘れられぬ程に心に刻まれた、白ひげが言ってくれた言葉。

「どうか、覚えていてくださいませんか。本当の私の姿を、嘘の笑顔を被っていない私を、覚えていてくださいませんか」

「グラララ……忘れる訳ねぇだろうが」

「……白ひげさま……!」


ステラは、はかなげに微笑んだ。
その微笑みは、いつも白ひげが見ている笑顔で。ステラが嘘偽りないという微笑みに外ならない。


「あと、二日。少ない時でしたが、本当にありがとうございました」
「グラララ……礼を言うのはこっちの方だ、ステラ」

(あと二日、涙がやまぬ。どうして……)

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