興味の理由
入団式の晩、訓練兵団の食堂は奇妙な乱入者の事でもちきりになった。会話を交わしたエレンとミカサ、そしてアルミンはこっそり食堂を抜け出した。質問攻めにされても答えに困るだけだからだ。

「あの人、本当に何だったんだろうね。知人じゃないと思うんだけど」

乱入者の顔を思い出し、アルミンは首を傾げた。トリナと呼ばれていた、調査兵団の兵士のことだ。彫りの浅い顔立ちと綺麗な黒髪から、東洋人であることは間違いない。東洋人は外見的特徴から一目でわかる。もし街ですれ違えば確実に目を引くし、存在自体が珍しいから覚えやすい。
アルミンの覚えている限りでは、トロスト区にいた東洋人はミカサ一人だった。当然、エレンやミカサ、アルミンと顔見知りであるはずが無い。しかし、アルミンの言葉にミカサは首を横に振った。

「……あの顔、どこかで見た気がする」
「ミカサもか?」
「エレンも?」

思わず顔を合わせ、エレンとミカサは首を傾げた。何処かで会った気がする。しかし、何処だかは思い出せない。

「知り合いなの?」

アルミンの問いに、二人は首を傾げたまま記憶を探った。しかし、どれだけ記憶を洗っても思い出せなかった。


「重ね重ね申し訳ありません!」

大声で謝罪し、イルゼは勢いよく頭を下げた。隣に立つトリナの、反省など微塵も入っていない後頭部も掴んで下げさせる。

「貴様等……これで何度目だ?何度邪魔をすれば気が済む……!」

初日の入団式に始まって、三日。ふらりと訪れたトリナに訓練を邪魔され、最初は理解を示した教官もブチ切れた。今も彼女が乱入したせいで、体術訓練を中断する羽目になった。

「分隊長に頼んで、邪魔しないよう言いつけてもらいます」
「もしくは幽閉しろ!記憶喪失だか精神後退だか知らんが、迷惑極まりない!」
「はい、すみません……トリナ、貴女も謝るの」
「……?あやま、る」

『謝る』の意味を理解していない様子に、イルゼは溜息をついた。ハンジは悪い子ではないと言っていたが、人様に迷惑を掛ける人を悪くないと言えるだろうか。もう一度後頭部を掴んで頭を下げさせ、イルゼは彼女を引きずって訓練場を後にした。

「帰るよ、トリナ。もう此処に来ては駄目だからね」
「……」

返事はない。興味もないようで、視線は遥か彼方の方に向いている。イルゼは溜息を付き、好奇や憤怒の視線から逃れるために足を速めた。


「お願いです、ハンジ分隊長!トリナを止めてください!」
「え、無理」

イルゼの泣き言にも似た嘆願を、ハンジはにべもなく断った。

「そんな!もう三日連続で訓練の邪魔をしてるんですよ?」
「あー、いや、うん。なんとかしてあげたいんだけどね。私には無理なんだ」

ばっさり断られ、イルゼは泣きたくなった。また明日も同じように、トリナの起こした揉め事で怒られなければいけないのか。事前に止めようにも、一瞬目を離しただけでトリナはいなくなる。計算かと思うほど鮮やかに姿を晦まされ、騒動の場に駆けつける羽目になる。

「お願いです、このままでは新兵の訓練にも差し障りが出ます!」
「そうは言ってもね、トリナは私の命令は聞かないんだ。団長か兵士長の命令なら聞くけど、今は二人とも会議で内地に行っているし」

ハンジがダメと言えば、トリナは耳を傾け、大人しくやめる。しかし、せいぜい一日でその命令を忘れてしまう。エルヴィンやリヴァイの命令と違い、ハンジの命令はトリナにとって絶対ではないのだ。そして、その二人は現在、会議のためウォール・シーナに行っている。

「言い聞かせてはみるけど、効果は期待しないで」
「……無理を言って申し訳ありません」

申し訳なさそうに笑うハンジに、イルゼは下唇を噛み締めながらも頭を下げた。これ以上懇願しても、無理なものは無理なのだ。

「今まで、トリナがどこかに通い詰めるなんてことなかったんだけど……そこに何かあるの?」
「それは……いつも二人の訓練兵に接触していることくらいしか」

訓練兵と聞いて、ハンジの片眉がぴくりと動く。トリナが人に興味をもったことは、今まで一度もなかった。例外続きの事例に、ハンジの顔が真剣みを帯びる。研究者の顔付きでカルテを取り出したハンジに、イルゼは思わず背筋を伸ばした。

「訓練兵って言ったね。男?女?」
「イェーガーという少年と、アッカーマンという少女です」
「イェーガーとアッカーマン、ね。他に何か気付いたことは?」
「大抵、アルレルトという少年が二人と一緒にいるのですが、トリナは彼には興味が無いようです」

三人居て、そのなかの二人にだけ興味をもつ。それも、少年二人ではなく少年と少女一人ずつに。

「その二人に話を聞かないとな。上手くいけば、トリナについて何かわかるかもしれない」
「……?あの、それはどういう……」

イルゼはハンジの物言いに違和感を覚え、目を瞬かせた。おかしい。今の言い方では、現在『トリナについて何もわかっていない』ことになる。イルゼの疑問を見て取り、ハンジが肯定がわりに微笑んだ。

「混乱を招きそうだから、内緒なんだけどね。現在、トリナの出身地・経歴・血縁関係を含む一切は不明、わかっていない」
prev Index next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -