Q.対人攻撃を禁止しないの?
壁外調査の前、トリナの担当から外れて数日後。イルゼは単純な疑問を覚えて、ハンジに問いかけた。

「人間を攻撃したらダメだと、教えないんですか」
「トリナのこと?皆言うんだよね、それ」

ハンジは地図やら陣形案やらで埋もれた机から起き上がり、壁際の黒板へ移動した。そこに描かれていたアメーバを容赦なく消し、チョークをとる。

「トリナにそれを禁止するのは簡単だよ。その方が、兵士は安全だろうね」

対人攻撃を禁止するのは簡単だ。『攻撃』命令を出して、人を攻撃した時に罰すればいい。巨人を殺した時だけ褒めれば、『攻撃』対象を巨人に絞るだろう。そうなれば、兵士を誤って殺す恐れがなくなり、扱いやすくはなる。

「でも、もし彼女が人と戦う日が来たら?」

そんな日は来ないと、誰が約束できるだろう。誰も未来など判りはしない。だから、エルヴィンもリヴァイも、攻撃対象を狭めなかった。

「この子は、人間を判別できない。状況に応じた行動もとれない」
「え?でも、分隊長のことは認識してますよね」
「うん、メガネでね……」

認めたくない真実を思い出し、ハンジは落ち込んだ。並々ならぬ苦労の末、トリナに自分を覚えてもらう事は出来た。ただし、覚えたのは『メガネをかけた人=ハンジ』というものだ。メガネを外したり、壁外用のゴーグルに替えると別人扱いされる。
もともと、人間の認識能力は年齢に比例して向上する。つまり、子供が人物を識別する能力は大人より遥かに低いという事だ。物語ではよく、殺人事件を目撃した子供の証言が曖昧な場面がある。あれは語彙力の乏しさと、顔かたちを認識する能力の未熟さが原因なのだ。
ただ、未熟とはいっても全く班別できないわけではない。髪色や髪型、背の高さ、自分に対する態度や声で、知人を見分けるくらいはできる。トリナも、兵団内にいるメガネの人全てをハンジと見做しはしない。ただ、メガネがないとハンジだとはっきり認識できないだけだ。

「まあ、その話はこっちに置いといて。現状では敵味方を判別できないから、人間全員を攻撃対象に含んでるんだよ」
「安全策を取るなら仕方ないですね。仮にも兵団の戦力ですし……」

イルゼは納得し、一礼して部屋を後にした。そして、数歩も歩かぬうちに、気付かない方が良い事に気付いてしまった。

「なんで、あの子のことは判ったの?」

ミカサ・アッカーマンの髪は入団式の日、肩甲骨半ばくらいの長さだった。そして、翌朝には肩と耳の間くらいまで短くなっていた。外見的特徴が変わると認識できないのなら、彼女の事も判らない筈だ。しかし、トリナはちゃんと彼女を識別している。
おまけに、彼女にはメガネや傷などの明確な特徴がない。珍しい顔立ちを除けば、身長や体格などは有象無象と変わりないのだ。トリナがはっきりと彼女を認識する手掛かりは、一つもない。
イルゼは踵を返し、いま退室したばかりの扉を叩いた。疑問を解くどころか、ハンジを嘆かせるだけに終わるとも知らずに。

「分隊長、一つ質問があるのですが……」


・二つ目の疑問の答え
『不思議と知っているような感覚があるから』
prev Index next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -