Q.『攻撃』命令はどう覚えさせたの?
「兵長、一つ質問があるのですが」

午後のうららかな日差し、平時が嘘のように平穏な時間。ティータイムに招かれたペトラは、今日こそはと思い切りだした。

「トリナの『攻撃』命令はどうやって覚えさせたんですか?」
「……?問いの意味がわからん」
「ええと、これ以外は禁止する命令じゃないですか」

『待機』は行動の一切を禁止する命令だ。命令を下した後に動こうとした場合のみに罰すれば、大人しく待つようになるだろう。『移動』は命令者を追従する行為以外を禁じている。これも、それ以外の場合のみを罰すれば、覚えるだろう。
しかし、『攻撃』は彼女自身に攻撃意志がなければ成立しない。攻撃するなと禁止するのは可能だが、攻撃せよと命じることは不可能だからだ。痛みを感じると、彼女はまず逃げる。痛みを与えた人を殺そうとはしない。暴れることはあるが、それはあくまでも逃げるためだった。
イルゼに反撃したことが問題視されたのは、逃げずに攻撃したためだ。それがハンジの言う成長の産物ならば、昔のトリナは反撃しなかったはず。癇癪を利用して攻撃させ、その繰り返しで思わせるのは不可能だ。

「……そもそもの前提が、間違っている」
「それは、どういう……?」
「あれは野生の獣だ。お前達が見ているのは、躾けられた姿に過ぎない」

あの日、エルヴィンに回収されたトリナは医務室で目を覚ました。そして、覚醒した瞬間から、彼女は居合わせた者に牙を剥いた。リヴァイが駆けつけた時、部屋の中は壁も床も天井も血塗れだった。血だまりの中に、ぴくりとも動かない人が何人も居た。
その惨状の中で、彼女は獣性を剥き出しにして吠え、リヴァイに襲いかかって来た。その声は、人の言葉や叫びよりも、犬や熊が警戒して吠える声に近かった。

「まず初めに攻撃性があった。普段はそれを抑え込んでいるだけだ」

四足でこそなかったが、表情や仕草に理性や人間らしさはまるでなかった。極度の興奮のために血走った目、剥き出しの歯の隙間から零れる涎。彼女は人間ではなかった。ひどく原始的かつ衝動的な獣だった。それでいて、戦い方は厳しく訓練されており、邪道も使う戦士のそれだった。
鎖に繋いで牢に入れても、彼女の凶暴さは収まらなかった。一時的な混乱や演技でないことは、一週間も見ればわかった。人を見れば唸り声を上げ、柵の隙間から手を伸ばして害そうとする。食事を与えても食べず、排泄も原始的で不衛生極まりない。
彼女の持つ戦闘能力を人類に役立つものにするには、誰かが躾けなければいけない。殺意を制御し、その矛先を巨人にのみ向けるようにしなければ。そう考えたエルヴィンは、リヴァイにトリナを躾けるよう命じた。

「どうやって抑え込んだんですか」
「暴力だ。生き延びるためには誰に従うべきか、教える必要があった」

躾をするよう命じられ、リヴァイは一番最初に彼女をタコ殴りにした。何を命令するわけでもなく、ただ只管に、動けなくなるまで叩きのめしたのだ。それから、彼女はリヴァイには攻撃しなくなった。決して逆らってはいけない相手だと、本能的に恐怖したためだ。
あとは容易かった。人間を見せ、攻撃しようとした瞬間に痛みを与える。『攻撃しろ』と言った時だけは、痛みを与えずに好きにさせた。
その繰り返しで、トリナは『攻撃しろ』という言葉がある時は『攻撃してもいい』のだと覚えたのだ。『攻撃しろ』と命じられて攻撃しているわけではない。彼女の中にはれっきとした害意があり、それを露わにする許可を得ているだけだ。

「でも、それって不思議ですね。なんで人間を殺そうとするんでしょうか」
「自分を見た人間を殺さないといけなくて、出会った瞬間に殺してたとか?」
「そんな、指名手配中の極悪犯罪者じゃあるまいし」
「俺もそこのところはよくわからん。だが、エルヴィンはこう言っていた」

動物は――その食性が肉食であれ草食であれ――日常的に攻撃され続けると、攻撃性が増す。自分の身を守るために、凶暴になるのだ。触れようとする者の意図などお構いなしに。

「もしそうなら、あれは常に人間に虐げられていたのかもしれん」

訓練されたのではなく、反抗するために殺す術を身に付けたのならば。彼女は巨人にも人間にも虐げられて生きてきたことになる。記憶と人格を無くしてなお残る、強烈な凶暴性がその事実を仄めかしている。まったくもって恐ろしい話だ。一体誰が、何のために、彼女をそうしたのか。
いくら考えても謎は謎のままだ。何も分かりはしない。リヴァイは壁掛けの時計を見て、腰を上げた。会議の時間だった。
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