ジョ短 | ナノ



またこの時期がくる。
ゆらゆらゆらめく陽炎が部屋の外に見える。あの時はそうだったなと思い返す。
カレンダーを見ればあと二週間に近づいていて、もうスケジュール調整すら間に合いそうにない仕事やらで。
今年からしばらくどうやら行けそうにない。ジリジリ焼いてくる夏の日の中に飛び込めないもどかしさが、腹を立てて、ギリリと唇を噛む。うっすら鉄の味がせども、彼らは、これよりももっと痛かっただろうに

「ペスカ、唇噛むなよ」
「…あぁ、ホルマジオ……ごめん。」
「なんか、あったのかよ」
「昔、を、思い出したの。かなり昔。そう、悪夢みたいな昔。」

ごめん。と唇を噛むのを止めて、周りを見る。ホルマジオが小さくした猫を可愛がっている昼下がり。チームはみんな仕事やら買い出しと出払い、連絡待機係の私が、ソファーで受話器が鳴るのを待っている間、ぼんやり昔を思い出したからこうなっている。正面に座るホルマジオがテレビに視線を向けていたが、戻す際に気になったらしく声をかけたのだろう。考えを投げ出したくて、面倒になって体制をかえて肘掛けを枕にしてソファーで横になる。
あの時、もっとスタンド使いを知っていたら、彼を、彼等を救えたのではないだろうかと、何年過ぎても十何年すぎでもってまだ頭から離れない。もっとちがう動きならばと考えて首にある傷がチリチリ痛む。

「過去の傷ってどうして、こんなに残っているんだろう。」

何年経ってもかなしくなったり、胸が張り裂けてしまいそうなのはどうしてなんだろう。年を経る事に傷口が増えて、いつまでも綺麗な記憶が、どこまでもループしているような、過去のしがらみが、どこでもナリを潜めて、思い出せといつでも飛びかかってくる。それを見ないふりなんて出来なくて、ふとした瞬間に蘇る鮮やかな記憶が、今もって背後から抱きしめてくる気がして仕方なくてね。と、熱くてたまらないだろうベランダの向こうを見つめる。陽炎揺らめくその先に、一瞬昔の記憶が重なった。

「それだけ、ペスカが大事にしたい記憶だから、じゃねーのかよ。」
「夏が、熱が、全て奪ったんだ。」

彼を、彼等を、私の環境を。キラキラ光る砂漠の街で、緩やかに笑った彼は、今でも私の杜王町の部屋の写真立てに、このついさいきん撮った写真も横に並べて。彼の映れない私だけが映ってしまった写真が。
こんな記憶をどうしたら、良かったんだろうねホルマジオ。私には解らないや。

「詳しい事は知らねーけどよぉ。」

「たまには会いに行ってやればいいんじゃねーのか?」
「でもさ。会えないんだよ。『世界』にやられちゃって、ね。」と答えて目を閉じる。彼は死者で、私は今を生きるバケモノだもの。会えないよ。
会いたくても、私は半永久を生きる鬼になってしまったのだから。その旅路はとても気が遠くなるぐらいに、そうとても長い道で……。
こう全てから、彼の記憶が襲いかかってくる様は、忘れないでと叫んでる様にも見えて、忘れないでと胸に秘めた。。


やさしい息遣いが聞こえてしばらく。
電話のベルが鳴る。向かいは出る気配がない。出る気もやる気も見せつけてこないから、仕方なくてため息を一つついて、受話器を手にする。

「プロント。」

電話越しに聞こえる聞き慣れた声に安堵したら、電話係はどうした。と問われて笑う。さっきまで鳴きそうに首の傷をなぞったりしていたが、少しだけ笑っている。後で怒られろ。と期待を込めてこう告げた。

うちのプリンチペッサは、今夢の中に落ちて光の世界の王子様と逢い引きしてんじゃないかな。


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