ルドルフ | ナノ


夜中暖炉の前でカインはくつろぎながら本を開いていた。黙々と読み進めていると、遠くか石畳をぺたりぺたりと歩く音か拾えた。なんだ、とドアの方を見つめていると音はドアの前で止まった。自室の前で足を止めるやつは今一人しかいない。

「カイン、私だ」

夜中に控えめなノックと声ががカインの部屋に響いた。いつもより弱い声色は夜のせいなのか覇気も感じられない。開いてると言うと、いつもよりもゆっくりのペースでサメラが部屋に入ってきた。落ち着きない顔は酷くサメラの片割れと同じ顔をしてる。まるで、先の大戦の旅立つ前の日をふと思い出した。が、言葉にしがたいなにかがを彼女は今抱えていると判断した。いつもならまっすぐカインを見つめるのに対して、今は視線を自分の手の中に落としているのだから、何かあったにちがいないと結論つけた。

「どうした?」
「夜分に住まない。少しだけ、話を聞いてくれないか」

どうも、なんだかうまいこと説明ができないんだ。そう言うと、サメラが眉尻を下げた。いつも晴れた日のような青はいつもよりも揺らいでいる。何があったのか、と言う前に火に当たれ。と暖炉の前の場所まで促されて、サメラはすとんと腰をおろした。夜のバロンは酷く冷える時期に夜着だけでここまできたのだから、体は酷く冷えている。カインはとなりに腰をおろして、暖炉の炎を見つめた。

「さっきセシルから連絡があって翔んでいったんだが、ミシディアからデビルロード経由で連絡が来たんだ。」

見知らぬ傷だらけの女が大事そうにこのペンを握ってミシディアの入り口で息絶えたと…。
言葉と同時に手を開くと、サメラの手に赤い染みのついたペンが一本握られていた。
蓋付のペンで、カインはサメラから受けとるとそのペンをまじまじと見つめた。。


天冠に黒、クリップ根元からキャップ、それから胴軸にかけて宇宙を彷彿する黒と晴天の青へのグラデーション野中に、銀をちりばめられていた。

そっと蓋を開けると、ペン先から首軸にかけては錆びてはいるが、酷く赤を吸ったとも思える跡があったが、とても長い間使われていたものだとカインは思った。まじまじとペンを蓋から尻軸まで滑るように見ていると、尻軸に赤い華が埋まった石が一つ見つけた。

「赤い華?」
「昔、団長がメンバーに下賜したものだ。片方の瞳を事故でなくした人だった。」

メンバーが生きていた。いままでマラコーダの手から逃れて、どこかでひっそりと息を殺して弾かれるのを逃れていたんだ。きっと心細かっただろう、誰にも渡してないのだから、一人でずっとこの十数年を一人で生きてたんだよ。ずっとメンバーの誰かが来るのを待っていたのだろう。寒い冬も暑い夏もそこで息を潜めていきてたんだ。たぶん、魔物が襲ってきたんだろうに。ペン一つでミシディアまで逃げるのは怖かっただろう。
ふとカインがサメラの手を視界に入れると酷く手を握りしめていたのだろう、すこし震えている。そのままサメラの方を見ると、サメラはまっすぐに炎を見つめて、静かに唇を噛んでいたのが伺えた。
まるで幼子が泣くのを耐えてるように見えた。

「サメラ、大丈夫だ。耐えなくていい」
「だが、私はここでなにも知らずに暮らしていた。もっと世界を回っていればあの人も救えたのかもしれない世界を回って捨てられた異端を拾って。私は赤華のルドルフだ。先頭に立って進んでいくのが仕事なのに、わたしは誰の道をも進ませてない。」

迷わせて、殺した。となりから聞こえたのは酷く冷えた声だった。カインはふとサメラの手をつかんだ。暖炉にあたっているのにとても小さい手はとても冷えている。青の瞳は酷く嵐のように様々な感情が渦巻いていた。とても強大な力を持っていても、折れてしまえば一瞬だと言うのはカインは知っている。今まで何度もその折れる瞬間を体感しているのだから。

「お前の人生はお前のものだ。誰かのためになんて使うな。」
「だが、私の人生は誰かを導くために生きていた。赤華を、そしてお前たちを。」

お前の背も見ていると、どこか仲間の姿が見えていたのかもしれないと自嘲気味にサメラの口から出た。



そうして、誰かのためにお前は生きてきたのか。とカインの言葉が喉から出かけた。がおそらくこの答は是と答えられるのだろうととっさに判断して飲み込んだ。彼女はもしかすると誰かに依存して生きていたのかもしれない。こんなときまで1か0でしか考えない奴め。と一瞬毒づいてからカインの脳裏に一つが走る。

「誰かのために行きたいと言うなら俺は止めない。だが、約束してくれ。その誰かは俺にしろ。」
「…大丈夫だ、お前の背中は守ってやると言っていただろうに。何を今さら。」
「後悔したいというなら、一緒に立ってやる。だから」

だから、どこにもいかないでくれ。俺の隣を歩いてくれ。俺だけを導いてくれればいい。
カインはぐっと力を込めて、サメラの手を握ってそこを見つめた。槍ばかり持っていた骨ばった手が尚も強く白く小さい手を覆い隠す。ずっと触れているからかしてか、その手は先程よりも手は暖かくなっている。にじるようにカインは視線を上げるとサメラの青とかちあった。先ほどまで怯えていたかのような目の色は消えて、雨上がりの空のような色が見えた。そして、すこし口角を上げてサメラが言う。




「その約束はずっと遠い昔にしただろう?大丈夫だよ、赤華は私のなかで経験として生きてるから。」

誰も残しては行かない全員ぶっ殺してから死んでやるさ。なんてぶっ飛んだことをいうので、カインはいきなり物騒な話をするな、両極端。と言い返し、先ほどまで思い込みの激しさのような物は何だったのだろうかとも考えたが、ふと闇は近くにあると昔フースーヤが言っていたのを思い出した。足元をすこし食われていたのかもしれないが、あのときと違うことが沢山ある。光は彼女のそばに道溢れているのだとカインは思う。聖なる光はバロンに2つ。もしも沈んでいくならば拾い上げる光は彼女のそばに沢山ある。そして、その光が掬い上げてくれるだろう。

「カイン、一つ教えてほしいことがあるんだ。このペンをつかえるようにしたいんだが、いけるか?」
「まぁ、シドに聞けば首軸は作り直すかもしれないが、いけるだろう。」
「自分の手で治して使いたいんだ。」

わずかに頬を赤らめて彼女はゆるやかに口を歪めて約束をしよう。と小指を出した。


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