ルドルフ | ナノ


サメラとプロムがミシディアを出てからキャラバンの足を使い世界を放浪してしばらく、乗り合いの馬車に乗った二人はダムシアン方向に進んでいた。馬の足音だけが響き微かに息づかいが聞こえるような乗り合いの馬車にはサメラとプロムの二人だけで、なにをするわけでもなく揺られて晴れ晴れとした秋空だけが遠くの空で動いている。やることもないプロムは、ふと思い出したように隣で腰を下ろすサメラに問いかけた。

「ダムシアンでしばらく、停留ですか?」

いや、行きたいところはダムシアンよりもう少し先だ。少しだけ買い足したりはするが……ああ。とサメラは言葉を濁しながらそう言うと、遠くを見つめた。その目はどこか懐かしそうに思いだすかのような目であった。
そして沈黙が落ちた。サメラもよく話をする性質でえもなく、プロムも同じく話をしないタイプであるのでこうして沈黙はよく落ちてくるがそれでも二人は気にすることはない。それがいつもで普通だから。

「なぁ。プロム。人は死んだらどこにいくのだろう。」

ふと投げ掛けられた声にプロムは思案瀬戸も、答えは出てこず。ちらりと隣を見るとどこか悲しそうな目をしていた。
それを思い出したのは眼前に広がる光景が見えたからだった。

飛翔の時、来たれり。

二人がその土地についたのは、日の沈むのがもうあと一息というほどだった。
ふとサメラが足を止めたので後ろを歩いていたプロムは連鎖的に足を止めたのだった。プロムは小さく首をかしげると、サメラはひとつ薬瓶を取り出してプロムに一錠渡した。いつもなら大体の事を教えてくれるサメラがただ飲むといい。とだけ告げた。なにだろうかと、思いつつプロムはその薬を飲んだ。その間に簡易な薪を取り出して、その木に魔法で火をつけて腰を下ろした。

「薬が効くまでに飯にしながらここにいることについて話そうと思う。」

いい加減ここに来た目的もお前には言ってこうと思ってな。と言うサメラの向かいにプロムが座り、なにがあったのですか?と問いかける。すこし言い澱みかけてから、口を開きながら炎の中に鍋を突っ込み飯の支度を始めた。
お前たちが産まれるよりももっと昔に私には育ててもらったと言うべきキャラバンが…家と呼んでもおかしくない場所があった。その最後の地がここだ。私に生きる術を教えてくれた人たちがいた。その人たちは、先の大戦で命を落とした。私のせいだと言っても過言ではない。ゴルベーザからの勧誘を蹴った結果なのだから。
サメラのそだった場所。というのは長老から聞いた記憶があった。どこか何かが欠けた異端の集まりが行商をし、同じような異端を集めながら生きていく集団だと、例えば片腕のない武器屋目の見えない薬師喋らない商人や聞こえない音楽屋。何度か遠くから見たことのある人たちはプロムも知っている顔だった。
お前も知っているだろうが、マラコーダが団長だった。一番上が魔物だったのだ。今思うとマラコーダが自分の配下にするために育てていたのかもな…。サメラの言葉尻が弱々しく消えていく。また沈黙が落ちたがすぐにプロムは問いかけた。

「魂の導きを行うのですか?」
「そうだ。」

あのときからきちんとなにもしてなかったからな。この機会にきちんと執り行っていきたい。人は死ねば魂になる。そして、きちんとした手順で魂を送る儀式をしなければ魂はそこにとどまり澱み、悪意に代わり最終的に魔物になるとも言われている。迷信なのかもしれないが、やっておきたいんだ。とサメラが言う。

「手伝いをさせてください。魂は人がたくさんいた方が浮かばれやすいですから」

二人しかいないがな。とサメラが吐き出すとそうですけどね。とプロムはクスクス笑うと、サメラはなんとも言えない顔をして薬についての説明をしだした。「先程飲ませた薬は、魂が見えやすくなると言われている薬でな。」なんて言いかけていたが、もとから手伝わせるつもりでしょう?と問えば、そうだ。と悪びれもせずにサメラは自白した。
着替えてくるから飯食ってろ。とサメラはプロムに飯を押し付けて、荷物を持って木の上に上った。器用な人だと溢して、視線をふと遠くに向けてみると、沈み行く太陽にチラチラと光る何かを見つけた。まるで蛍かと思うくらいであったのが一つ二つとゆっくり増えてきて、ふわりふわりとそこに浮く。これが人の魂かとプロムは視界に浮かぶ淡い光を見つめる。よく目を凝らさないと見えないしの塊はまるで小さな虫のようにぽつりぽつりと存在していた。ふわりと浮いてた一つがプロムの周りを揺らいで回る。
それに気が付いてプロムは小さく飛び上がった。漏れた声を拾って、サメラがどうした?と声が降ってくる。木の葉がガサガサ揺れているのを見ると、まだ着替えている最中らしい。ふわふわ浮いている光は鬨に薄くそして強く移ろいながらプロムを取り巻いた。

「あ、なんでもないです」
「そうか。」

そんな声と一緒に木の上からサメラが下りてきた。白の衣を纏いゆとりをもったハーレムパンツと同じ色した上着とペールを持って立っている。ペールを持ちながら、さてともうすぐ落ちるな。と太陽の方を見た。山間に消えゆく太陽は終わり行く生命のような輝きに似てそれにつられるようにまた光が増えた気がした。

「逢魔が時。なんていうからな。プロムお前笛や歌はできるか?」
「歌ならなんとか。ミシディアの口伝の歌ならば」
「じゃあ歌はそれでいこう。プロム、歌ってくれないか?」

会ったことのない人たちだろうけれど、世界中にいた異端の集まりだ。ミシディアの血を持った奴もいるだろうし、な?とサメラはプロムに問いかけると大きくうなずいた。サメラは灯していた火を消して、ペールを揺らす。白い布は意思を持ったかのように震え揺れた。サメラの動かす布に命が宿ったような錯覚を覚えた。意思持たぬその布はゆらりはためき、サメラの手を発とうとしている。

「そろそろくれるぞ。プロム、好きなのを歌え」

サメラの言葉の通りにプロムはミシディアの宴で歌われるそれを口ずさんだ。宴の間ひたすら掻き鳴らされるものなので、ミシディアの民ならば誰でも歌える歌だった。プロムが歌えばサメラは歌に合わせてペールをはためかせて舞う。
リン。静かに厳かに鈴の音が鳴った。ひどく小さな音だったにも関わらず、一瞬にして世界が厳かな空気に塗り替えられた。
どうしよう、と一瞬思考が止まるのを見られてかサメラがプロムを呼ぶ。そちらを向くと、はやくと優しく背中を押したように感じた。
プロムは小さく頷くとその唇で喜びの歌を紡ぎ出した。
プロムが歌うと同時にサメラがゆっくりと動いた。ゆるく震えて、命を得たかのように動くペールに光は集まって嬉しそうに回りを回る。歌のリズムに合わせてサメラの唇も小さく動いたのに気がついた。
歌が終盤になるにつれて、どこからか光がひとつふたつと増えてきてあと一息で終わると言うところで、増えてきた光は雷鳴のようにまばゆく大きな光を放った。
夜に程近い時間帯で、目は暗闇に慣れていこうとしていたところだったのに、夜闇を割くように放たれた光によって視界は白に染まる。まばゆく光ったあとにはひんやりとした夜と草がさやさや笑う音しか残らなかった。

「送れた。だろうか…」

消えるぐらいの声色は確かにプロムの耳にも届いた。回りを見ても光もない。彼らは行ってしまったのだ。とプロムは考えた。ふとサメラを見ると遠く沈んだ太陽の方向を見て、小さく唇が動いたのは見えた。

「サメラさん、なにか仰いましたか?」
「飛翔の時、きたれり。求めよ、さらば与えられん。尋ねよさらば見出されん。門を叩け、さらば開かれん。すべて求めるのは得たずねぬる者は見出だし、門を叩く者は平かるる。」

なんですか?とプロムが問えば、よくわからないしきたりさ。とサメラはただ昼の終わる方向を見つめたまま答えた。そして、まぁ気休めなのかもな。私たちの。と付け足して、薄くせせら笑った。


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