ルドルフ | ナノ


考えても考えても、妙案というのは浮かばずに、ただ時間だけが過ぎていって、毎週恒例の勉強会の夜となった。
行きにくいなぁ。と思いつつ、カインの部屋にいつものように夜餡と借りている本をバスケットに詰めて、通路を歩いていると、通路の向こう側から近衛兵の隊長が歩いていた。どうも、サメラに気がついたらしくて、ニヤリと笑ったのをサメラは見逃さなかった。

「ルドルフ隊長。」
「こんばんわ。」

会釈を交えながら、通り抜けようとした時にぼそりと吐き出された悪意が聞こえて、聞こえなかった振りをしようと通りすぎた。悪意によって足も出たのが見えたのでそれも交わして歩き去ろうとしたら、背後から怒声が一つ追い抜いてった。
「今、何を言った」とよく通るテノールが廊下に響いた。恐らくよく一番このバロンで聞き覚えのある声だった。振り返れば、頬面のない顔に怒りが浮かんでいて、晴れた空のような青が其処にあった。

「今、何を言ったと、俺が聞いているんだが」
「聞き間違いではないでしょうか?ねぇ、ルドルフ隊長」
「俺の聞き間違いでなかったら、明らかに侮辱の言葉だったが。どうだったんだサメラ?」
「……考え事をしていたのでよくわかりません」
「ハイウインド団長、そんなどこの血が流れてるか解らぬものなどの話など。」

俺はサメラの親の顔も家族の顔も知っている。それ以上言ってみろ、俺の面子にかけて軍法会議にかけるぞ。
ぎろりと青が細くなって近衛兵の隊長を睨む。どこか竜にも似た鋭さのせいか、近衛兵の隊長は一瞬だけ苦虫を潰したような顔をしてから足早に去っていった。サメラはその背を見送って、どうしようかと思案してから、カインに声をかける。

「えっと……カイン?」
「来い。」

腕を捕まれて、そのままずんずんと歩いている。捕まれた腕に防具も巻いてもないし、戦闘でもないのでサメラは鎧もなにも着込んでないので、カインの小手の金具の間に身を挟まれ痛い。主張しても、聞き入れられず、身長の差コンパスの差で引きずられるように連れられ、カインの部屋に押し込まれ、ドアが閉まると同時に、カインはサメラの頭を抱えるように抱き込む。頭を固定されてるので顔を上げることもできず、サメラの視線に青の鎧と夜餡の入れたバスケットが視界を占める。

「お前はどうして、こうも傷つこうとするんだ……。」

微かに聞こえた声は、泣いてるようにも聞こえた。もしかすると、誰かの姿を重ねているのかも知れないけれど、それでもいいかと思いつつサメラはそっとカインの胸に顔を埋める。カインの熱が伝わってくるようで、すこし気恥ずかしくなったが、どうせお互い顔も見えないのだからと、思いそのまま腕を回す。

「ありがとう。カインが、守ってくれたから。大丈夫ありがとう。」
「サメラ。」

ぐっと抱かれている力が強くなるのを感じるのと同時に、胸の中になにかが生まれた気がして、あぁ。これが。とローザの言っていたことを一人理解……

「痛い!痛い!金具に身を挟んでる」

したが、それよりも挟まれた身が悲鳴をあげた。痛さを主張すると、すまん!と声が降って、慌てて距離が離れ、固定されていた頭も自由になる。ふっと視線をあげると、慌てている様子がどこか憎めなくてサメラは小さく笑うと、カインもつられて笑うのであった。

「なぁ、私もお前の……カインの背中を守りたいと思ったんだ。」
「俺もだ。サメラの全てを守ってやりたいと思ってる。」
「全部か大きく出たな……ありがと。」

絶対なんて言うとお前が守れない約束なぞするなと怒るだろ。と昔の話を出されて、ちょっと恥ずかしくなって、鎧を軽く殴るのであった。


おしまい。


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