ルドルフ | ナノ


同時刻。カインは、槍を振りながらマラコーダについて考えていた。獣の姿か、キャラバンの団長。と呼ばれる姿しか見たことがなかったのだが、女の槍使いであったなんて。ぼんやりと、その後ろ姿を思い出してみるが、あの後ろ姿は、昔に亡くした姉に酷く似ている気がした。そして、極めつけに瓦礫の下に消えたマラコーダが残した最後の一言は、カインの耳にしか届いていなかったが、強くなりましたね。であった。
どうして、俺にそんな言葉を残す必要があっただろうかと、考えてみれど答えはない。セシルを取り戻すときに言っていた、ファレル嬢とハーヴィ坊。点ばかりを拾い集めた結果は、マラコーダが姉であった。ということだけだ。なんてこったと、カインは目を覆いたくなった。死んだと思った姉が、魔物として生き返っていたなんて。そして、その魔物と一時共闘していたなんて。姉は何を思って立っていたのだろうか。
型を整えて振りかぶった瞬間背後から声がかかった。構えを解いて視線を向けると鋭い銀がそこにいた。切っ先が揺らいでいる。と言われ、カインの心臓がどきりと跳ねた。予想通りだったのか、サメラはカインの向かいに立ち潰した短剣を構える。

「振るう時は、なにも考えない方がいいぞ」

ぎろりとした銀がゆらりと動くと同時に、懐に一歩踏み込んでくる。それを半身で避けて牽制目的で槍を振るう。軽い身のこなしでひらりと避けて脇が空いているといいつつそこを重点的に攻めてくる。下から抉るような一撃を足で止めて、カインが一歩踏み込めばサメラは察して同じく踏み込む。ぐっと屈み混んで足のバネをつかい下から上に飛ぶ。

「胴体ががら空きだ。」
「なんてな。」

槍を靴の底で受け止めて、ぐるりと宙で体を回して短剣は喉元を狙う。キャラバンで培った軽やかな動きはまだまだ健在である。

「人間か?」
「さぁな。」

魔物に育てられたものをどう扱うかなんざ、知らないな。と答えながらも、刃を潰した短剣を納め、部屋の端に投げ捨てて、サメラはじろりとカインの足を見る。ふむ、と顎に手をおいてからまじまじと見やりサメラは言う。

「軸足痛めてるだろ。」
「そんなことはない」

軽いけりを放てば、目の前の屈強な男が呻く。頬面がないぶん素顔が見えて、わかりやすいなこいつ。とサメラは思う。ばれたか。みたいな顔をしてるので、足を出せとせっつきながらプロムから譲り受けた医療用の道具を引っ張り出す。

「ろくな手当てもしてなかたら、変な癖がつくぞ。気休めでもいいから、ケアル連発すると多少は効果があるぞ。」

旅の間に知ったことだが。と足しながら、足の固定に
適度な布を巻いていく。俺の白魔法はそんなに効果がなくてな。と、言葉少なげに言うと、サメラは
あー。と思い出したように、言葉を出した。
ま、昔のセシルもそんなんだったな。白魔法は祈りを捧げるところから始まるから、神に祈るのも手だというがなぁ。神なんざ、いるのかねぇ。とあきれ口調の彼女の面影はどこか暗い。

「神なんざ居たら、世の中全部が平和だっただろうな。」

クルーヤも、もっと生きれたのかもしれないのにな。その言葉を聞いて、親友と目の前の彼女の境遇を思い出した。
魔法があったからこその異端は、親友の運命の始まりであった。魔法を月の民の長寿を恐れた人間が、クルーヤ一家とサメラの育ての親を襲った。それが原因でゴルベーザの心も悪に落ちた。
それが、はじまりだったのだ。

「ま、無い物は振ることも出来ないし、どうも出来んがな。」

終わりだ。と止めのように患部を叩くが、そんなに痛くもない。あまり、動かすなよ。と念を押して、サメラは席を立つ。その背中にカインは声をかけようとしたが、なんて声をかければいいか迷い、止めた。
その背は酷く小さく悲しさを持っていた。
背中は、昔に亡くした姉に酷く被さって見えた。


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