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ライブ練習を繰り返して、本番当日。舞台袖。
練習は電気のある中で行われたから、登良が取り乱すこともなかった。それでも、創の中で不安を拭えることはなかった。一度、自分の手違いで閉じ込めてしまった手前気まずくて仕方なかった。それでも、登良は気にすることはないと言ってくれたのはある意味救われた。登良はひどく優しい。だからこそ言えなかったのではないかと思う。練習中も取り乱すことはなかったが、本番では。どうなるのだろうか、心配ばかりがつみあがっていく。

「ねえ、登良くん。」
「なに、創。」
「えっと…暗いのほんとに大丈夫ですか?練習でも暗闇が作れなかったから、大丈夫かなって思ってて。」

それで、それで。と言葉を探せど言いたいことがまとまらずに、思考がこんがらがっていく。途中で察したのか、登良は短く創の名前を呼んだ。綺麗な緑の瞳は、不安さも全く何も感じていないのか、いつもと練習と同じ目をしていた。

「心配してくれて、ありがとう。でも大丈夫だよ。」

みんながいるから。
穏やかな笑みは、初めて会ってあいさつした時と同じような優しい目をしている。その目はまるで、落ち着きなよ。そういっているようでもあった。目線が重なって、創はどきりとした。まるで自分を見透かされているような気分になって、重なった視線を外した。女の子の様だと自分は言われて続けてきたが、おなじぐらいに女の子のような登良に見られて、ふと女の子だと錯覚した。

「創、緊張してる?」
「いいえ、大丈夫ですよ!登良くんが心配だったんです。」
「俺も、このライブやろ!って言ってちょっと後悔してた。」

一分も暗転があるんだもん。照明も何もないそこで、一人で踊る。『Ra*bits』のみんなはちょっと離れてるし、ライブ中って非常灯だってつかないし…とっても怖いなって。でもね、俺たちは一人じゃない。通路であれど、どこであれど。俺たちは一人じゃないんだよ。ってお兄ちゃんが教えてくれた。俺は背が小さいからもしかしたらお客さんに阻まれて見えないかもしれない、けれど。お客さんがいる、応援してくれる。近くで息遣いが聞こえるから、一人じゃないよ。ってお兄ちゃんが教えてくれたから。俺は大丈夫だよ。暗くてちょっと怖いけど、お客さんがいるんだもん。怖がってられないよね。
眉尻を下げて困ったように登良は笑った。少し困った風に笑うのがいつも教室で談話しているときに見る表情だから、本当に言葉通りに不安はないのだろう。

「俺には、お客さんがいる。ファンがいる。なにより創やみんながいるから頑張れるよ。」

だって、初めてのステージには皆しかいなかった。転校生の先輩や創の知り合いの先輩がいただけだからね。それよりも人はたくさんいる。心配も吹っ飛んじゃうような声援をくれるんだもん。だから、俺が頑張る番だもん。近くで声も聴けるし、一人じゃないよ。って教えてくれる気配があるんだもん。だから、いけるよ。ほら、始まるから行こう。…でも、やっぱり心細いから俺が照明付くまで手を握っててほしいな?
最後に照れながらマイクを握らないほうの手を登良は差し出した。怖くないと言えども安心したいんだ。そういっているように聞こえた。それを聞いた創は、嬉しくなった。初めて会ってから、登良は人に手を差し伸べるだけだった。登良の知らないことをたくさん知れて、思いを聞けて少し甘え方が下手なのだと察することができた。あんまり言いなれてないのかしてか、恥ずかしくなっているのか登良は自分で創の手をとって、行くよ?とずんずん歩き出した。舞台に出ると照明が命を燃やしだして、登良や創を照らしだす。眼下でファンが青色のサイリウムを光らせるのがよく見える。これなら照明が消えてもきっと大丈夫だろう。そう登良は確信を持った。近くで青が見れるなら、消灯されても問題なく歩ける。

「皆、こんにちは!今日は俺が怖いから、絶対にサイリウムを手放さないでね!」

マイクを通じて聞こえてくる声に甘えるのがうまくなったな。となずなは感じた。あの春、初めてのライブが終わった直後に唇を噛んで泣くまいとしていた姿をよく覚えている。横目でちらりと見るとなずなの目には嬉しそうにマイクを通して離している姿だ。音楽が流れ出して綺麗なコーラスが聞こえる。おれたちも行くぞと、なずなは友也と光に声をかけると返事が聞こえてきて、登良と創が入場したように三人で手をつないで入り、つつがなく一曲目と二曲目を終わらせて、三曲目の間奏で照明は落ちた。
視界が一瞬にして暗闇に染まって、一瞬びくりと登良の体が震えたが、視界には青がともって振られていた。あの闇は、そこにない。答えてくれる人がそこにいるという実感を感じていると、登良の後ろを友也が通る。

「登良、行くぞ」
「…あぁ、うん。」

マイクに声が入らない様にしながら背中をぱしりと叩かれて、意識を切り替える。まだライブ中だった。叩かれた背中が一人じゃないよと教えてくれた。あの闇は遙か過去の闇だ。そう思い直して割り振られた通路に立つと同時に間奏が終わってまた照明が光を放ち、通路でメンバーひとりひとり順番にスポットライトが当たる。一番ステージから遠いところからついていくので、一番ステージに近い登良は一番最後だ。わずか4小節分を踊ってステージに戻る。遠くで踊って歌う声に耳を澄ませていると近くで登良くんだ。と微かな声が聞こえて、それが近くにいるお客さんだと思えば、安心できる。一人ではないと、何度も言ってくれてるように聞こえて応援してくれる。それがうれしくて、登良は照明の光がつく瞬間を待った。
音と同時にスポットライトが登良を照らす。音と合わせて動きだし、マイクを握る。ふと視線を動かせば仲間たちがこちらを見てたのが見えた。どうも心配している様子だったが、もうそんな気配もない。自分のパートをやっている間に四人がステージに上がるのを確認してから周りの声に応えつつステージに戻りラストのサビに入る。ステージに上ると同時におかえりと言わんばかりの笑顔につられて、登良は泣きそうになるのをぐっとこらえてステージを勤め上げた。
因みに終わって舞台袖にはけた瞬間、安心して腰が抜けて、光と友也に助けてもらった。その表情には恐怖なんてなく、幸せそうにすこし微笑みと恥じらいが混ざっていた。



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