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 柔らかいベッドの上ですやすやと眠っていたジルを他所に、戻ってきていたカグラは満足そうにその寝顔を眺めていた。

「ユラ様、本当によろしかったのですか?」

 そう尋ねたのは執事長のヨーゼフだった。カグラはちらりとヨーゼフの方に眼を向けると「私の決めたことに、文句を言うものなどいないよヨーゼフ」そう言ってカグラは視線を戻した。

「第一、エリーダ家はマルクスが継ぐことになっている。私の一挙一同に関心があるわけがない」

 自嘲めいた口ぶりに、ヨーゼフは「左様ですか」と答えた。
 カグラはもともとユラ・エリーダという名であった。エリーダ家は下級貴族であったが特に大きな問題もなく、長年領地を管理してきた伝統ある名家である、そんなエリーダ家の当主とその愛人との間に産まれた子供、それがカグラであった。
 体が弱かったカグラの母親は彼を産んで数日後他界した。だからといってカグラは悲惨な人生を歩んだわけではなく、父からも義理の母からも本当の息子のように育てられた。
 数年後、弟が産まれ、カグラはそれはそれは弟を大切にした。順風満帆な彼の人生であったが、あるとき気付いてしまったのだ、自分が邪魔な存在であることに。
 カグラが16歳になったおり、貴族の息子ならば必ず通うといってもおかしくない軍の育成学校に入学した。だが、カグラは優秀過ぎたのだ。父や義母も素晴らしいと喜んでくれた。幼い弟も優秀な兄を心の底から尊敬してくれた。だが、それと同時に父や義母が困った顔をしていることもわかっていたのだ。
 そして学校を卒業し軍に入隊した折、相続権を全て放棄し、母の性であるカグラを名乗るようになったのであった。
 もちろん家族との仲は不仲なわけではなく、今でも仲が良いが、カグラのすることに口を挟むような仲ではないということもまた確かである。
 またヨーゼフはカグラがエリーダ家を出る際に着いて来てくれた、信頼のある古参の執事であった。



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