迷い雨

儚い世界を知っている。
弱い理由を知っている。
脆い永遠を知っていた。



正解を求めたのは誰だって一度はあるだろうと思う。
私はずっと、飽きることなく、馬鹿だと思いながらも、正解を求めている。


正解こそが善いことだと、私はどこで習ったのだろう。



「呉羽、お前、まだ行くの?」
「……行かなきゃ、いけないでしょ。学生なんだから」
「……」
「……あんたも行ったらどう?学生、でしょ」
「…なあ呉羽?」
「……何?」
「親父さんに言ってもいいんだぜ?お前から言いにくいなら俺から言う。そんなんで学校なんざ行って、誰が喜ぶよ?流石にそろそろ限」
「ヤダっ!…言わないで椎名。嫌だ」
「……」
「私は、嫌だ。傷つこうがなんだろうが、行かなきゃ。それが私のやるべきことで、やらなきゃならないことで、善いことで、……正解、でしょ?」

椎名の言いたいことはわかる。私も、例えば私が私の友達だったとすれば、止めるだろう。
わざわざ傷つくために学校なんか行かなくていい、と。
だけどだめだ。駄目だよ。学生は学校に行かなければ。
だって、そうでしょう?それがホントウでしょう?勉強しなければ、私は何のために、日々生きることを許されるの。正しいことをしないで、正解を放り投げて、私はどうして生きていていいの。


「…呉羽、お前は考えすぎだ。そんで、信用も信頼もしなさすぎだ。今までお前は、何を見てきた?」

呆れたような、咎めるような、諭すような、声。
目が見れない。顔があげれない。ぐらつく視界に、沁みる声。

「俺らが、…親父さんが、んなことぐらいで揺らぐかよ。お前を嫌いになれるわけねえし、お前を捨てれるわけもねえよ?」

父様も?本当に?正しいことを、願っていた父様も?捨てない?嫌いにならない?

「大体、正しいってなんだよ。正解ってなんだ。それは傷ついてまで求めなきゃいけねえものなのか?…違うだろ。違わないというなら、自分だけじゃなく他人にも正しさを要求しろ。お前をイジメてる奴らは正しいのか?イジメに耐えることが正しいのか?」

ああもう、知らないよそんなの。椎名が教えてよ。仮にも私の教育係のくせに。…世間の常識が正解じゃないの?世間の常識なんて誰も教えてくれなかったけれど。

「呉羽、正解ってなんだ」

「……っ…そんなの、だれもおしえてくれなかったっ」

睨みあげた瞬間、溜まっていた涙が零れ落ちた。ほんの少し、明瞭になる視界。歪んだままの椎名の顔。

「だけどっ…ただしいことはいいことでまちがいはわるいことでっせいかいはただしくて、っいいことだって…っ」

「…うん。そうだな。間違ってねえよ、お前は。少し不器用すぎるとは思うけどな」

そこまで聞いて、涙がいよいよ止まらくなって、溢れ出して、わけがわからなくなった。
頭を撫でられて、安心する温度に包まれた。

くぐもった頭で、椎名の話す声を認識した。
おそらく携帯電話で、相手は…もしかしたら、父様で。
何も考えたくない。
このまま、寝てしまいたい。


この腕の中で。
この腕から抜け出して。
暖かな部屋の中で。
冷たい雨にうたれて。
心地よく。
震えながら。
微睡むように。
意識を失うように。

永久に浸りたい。


「……おやすみ、呉羽」


儚い世界を知っていた。
弱い理由を知っていた。
脆い永遠を知っている。



「…呉羽は?」
「紫呉さん。…泣き疲れて寝てしまったようです」
「そうか」

ほら、こんなにも優しく笑う人を、俺はこの人以外知らない。


______________
memo.
20110618 hina


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