「才能に嫉妬。……笑うかい?」
昼間の熱気を冷やすように、それでもなお熱を孕んだ風が吹く。
ぬるま湯を連想させるようなそれは、心地良いというよりはむしろ不快で。
雨でも降るんじゃないかと心配させる類のものだった。
先輩は絵が巧くて、得意ではないらしいけれど傍目から見ていると本当に惹きこまれるような魅力を感じる。
得意ではないけれど好きなのだと。
それと反対に、苦手だけど好きなのだというものがある。
あたしには勿論、先輩もまた然り。
雲が薄く世界を覆って、夕焼けが微かに漏れ出す穏やかな空気に溶け込むようにしてそれは聞こえてきた。
殴るような激しい響きを忘れたかのように、切なげな音色を奏でる優しいエレキギターの響きにのって、精一杯で、それでも包みこむような柔らかな声が耳に届いた。
人影がまばらになったキャンパスで、あたしと先輩は示し合わせたように足を止めた。
…… ひとりになるとはなしたくなる つたえたいことばをこんなにもかかえていたんだと ひとりになってがくぜんとする さびしいとわらうきみがわからなかったけれど いまならすこし わかるきがする ……
響く音の重なりはじわりと沁みいるように、心の奥のほうを刺激した。
無言で再び足を進める先輩に、もう少し浸っていたかったあたしは手を伸ばした。
引きとめるように。
ちらりと見えた表情は、悔しそうに歪んでいて。
泣きたそうな瞳をしていた。
――ああ、
同じだ。
「才能に嫉妬。……笑うかい?滑稽だと」
苦く笑うわけでもなく、引きつった無理矢理な笑みを浮かべて先輩は立ち止まる。
それは覚えのある感情で、認めるほどには諦められない、手が届きそうで届かない、伸ばせば届くんじゃないかと思ってしまう厄介な感情。
その才能がほしいと思ってしまう。
泣きそうになる切なさ。
覚えた既知感は自分。
あれほど絵の才能に溢れている先輩でも、求めてしまうものなのだと知って、安堵を覚えた。
「…まさか。あたしだって、先輩みたいに嫉妬します。理不尽でどうしようもない嫉妬」
思わず苦笑が零れる。
だって仕方ない。あたしの嫉妬の対象はいつも、先輩だ。
繊細な絵に見惚れて、自分の至らなさを痛感する。
「多分、誰だってしてますよ。手が届くものより、届かないものの方が多いですから」
そうか、と力なく笑んだ先輩の横顔が夕日に透けて見えて、またどうしようもなく泣きそうになった。
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memo.
20110507 hina.
bkm