「――…父さんが逃げた」
「……瀬南のお父さんが?」
神妙な面持ちで携帯を睨み付ける青年。
それとは対照的に首を傾げ、青年を覗き込む少女。だけどこのおかしな空気には気づいているのか、その幼さを残した顔に浮かぶ笑顔は強張っている。
「――瀬南…?」
「遥には言ってたんだっけ?
父さんが借金してたこと。……俺が保証人になってたこと」
そこに落ちる沈黙は雪のように軽やかで、冬のように重たい。
少女――遥の返答を待たずに続けられた瀬南という青年の言葉は、雪崩のように空気を壊した。
「それはどっちでも、いいんだけどさ。ただ、もう遥とは会えないかもしれない」
凍った空気を更なる沈黙に突き落とすのはやはり瀬南の言葉で。
「ていうか、会えない。だからさ、別れよっか」
紅く色づいた木の葉が何処からともなく流されてくる。
雪の代わりだとでもいうように、二人の間に積もっていく。
「……瀬南は、私とわかれたいの――?」
遥の精一杯の声が、空気を震わせる。それは彼女の声と同調しているかのように、弱々しい風で。
「――まあ、そうなるかな」
苦渋に満ちた顔ではあったが、その声に迷いはなく凛としていて。
彼女の瞳はもう役に立たないほど揺らいでいるせいで、頼りになるのは音のみ。
涙を零してしまった彼女を責めることができる者はいないだろう。
またしばらく沈黙が流れるかと思われたそれは、思いがけない柔らかい声に遮られる。
「――じゃあね、倉木くん。あなたが笑ってられることを祈ってるから」
柔らかさを滲ませたせつな気な笑顔をひとつ、その場に落として。遥は倉木――瀬南に背を向けた。
傷つけたかったわけじゃないのに
(まもりたかっただけだと)(そう言った瞬間にそれは嘘と同じ価値しかもたなくなるんだろうか)
それはもうなんだっていいけれど。
泣かないでとそういうことすら赦されなくなってしまったみたいだ。
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memo.
20101024
bkm