ぴちゃん、と耳元に落ちる水滴の音に目を覚ます。
それと同時に視界広がったのは、黒い色と温かいぬくもり。
徐々にはっきりする意識の中で、誰かに抱き締められていることに気付き、それがクラウドのものだとわかるのはすぐだった。

「クラウド!?」

体温と鼓動の音が、彼が無事だと言うことを教えてくれる。
あの床が抜けた瞬間、咄嗟にクラウドが抱き寄せて庇ってくれたらしく、あたしは怪我を負わずに済んだ。
きつく抱き締められた腕から抜け出すには、恥ずかしいけどクラウドを起こす以外には方法はない。
それに今は緊急事態だし、ティファやエアリスの無事も確認したい。
血の匂いはしないのでクラウドに怪我はなさそうだけど、それでも本人の口から「大丈夫」だと確認しないと安心は出来そうにない。

「クラウド、クラウド?」
「…、なまえ…?」
「どこか痛いところとかない?」
「あぁ…なまえは?」
「クラウドが庇ってくれたから平気。どこも怪我ないよ」
「……っ、すまない!」

何かに気付き慌てたクラウドは、あたしを抱えたまま飛び起きて離れると、立ち上がって背中のバスターソードに落ち着きなく触れる。
動揺してたのはあたしだけじゃなかったんだと少しだけ安心しながら、近くに倒れるティファとエアリスに声をかける。
2人にも怪我はなく「最悪!」と怒るティファに思わず笑みを浮かべながら、クラウドの方に向き直ると同時に、突然地響きのような音と獣の呻き声が聞こえる。
武器を手に取り、周囲を警戒すると徐々に地響きが近付いてくる。
穴から出てきたのは巨大モンスター。
この地下の主人なのか、見たことのないタイプで大きなツノと長い舌を持っている。

「いけるか?」

クラウドの声に頷き、武器を構える。
このモンスターを対処して、急いで七番街スラムへ向かいたい。
こんなところで立ち止まっている暇なんて、ないんだから。



ーーーーーーーーーー



ティファの案内で地下下水道を抜けると、そこは七番街スラムの近くにある"列車墓場"と呼ばれる場所に繋がっていた。
ちょうどヘリが頭上を飛び、ティファが教えてくれた七番街スラムの方へと向かう。
未だ最悪の事態を考えて不安に揺れるティファに、クラウドは「ただの巡回だろう」と声をかけた。

この"列車墓場"と呼ばれる場所には怖い噂があるらしく、こんな時間に寄り付く人間はいないらしい。
実際、薄気味悪い雰囲気に包まれていて、ティファの言う"怖い噂"が流れるのも頷ける。

よくある怖い噂は、向こうの世界にもあったなってことを思い出す。
廃病院や廃校舎、山奥のトンネル、色んなところにそんな話があってーーーただ、その記憶ももうぼんやりとしている。

たぶん元の世界に戻れたから、あちらの世界のことは遠い過去のことになってしまったのかもしれないし、もしかしたら、この記憶も暫くすれば"なかったこと"になってしまうのかもしれない。
それが少し寂しくもあって、突然こっちの世界に戻って来たから、向こうの両親が心配しているかもしれない。

記憶もないあたしを施設から引き取り、本当の娘のように可愛がってくれた両親。
こちらの世界と比べて、遙かに上流階級のような暮らしを送れたことには感謝しかない。
お礼を伝えることも、もしかしたら2度と会うことは叶わないかもしれないけど。
それでも「幸せでした」と伝えることが出来ればと、考えずにはいられなかった。

「なまえ、大丈夫?」
「…うん、大丈夫。七番街スラムへ急ごう」

心配してくれたティファに頷き、その手を握る。
不安げに揺れていたティファの瞳が、少しだけ安心したように笑ってくれる。

向こうの世界のこと、力のこと、ザックスのこと、クラウドのことーーー考えることはたくさんあるけど、今1番考えなくちゃいけないことは七番街スラムのこと。
出来ることならプレート落下も阻止したいけど、まずは七番街スラムの人たちを無事に避難させることが最優先。
本当にただの巡回かもしれないけど、あのヘリが作戦に向かうものじゃないとは言い切れない。

ハイデッカーが関わっている時点で、おそらくタークスもこの作戦に参加している可能性は高い。
それでも、タークスが関わっていなければいいと、甘い考えだと理解しながらも、そう願わずにはいられなかった。



ーーーーーーーーーー



迷路のような列車墓場を進み、途中ゴーストたちに阻まれながらも、なんとか大きな倉庫を抜けることが出来た。
大量のゴーストたちが"何か"に囚われているように感じるエアリスは、この倉庫に入ったときからずっと彼らを心配していた。
優しい彼女はゴーストが囚われている理由が気になるようで、ずっと気にかけていた。
助けてあげられればいいけど、今はその時間すらも惜しい。

「列車、動かせないかな?」
「調べてみよう」

進む道がなくなり、放置されている車両の中から動きそうなものを見つけて4人で乗り込む。
運転席のパネルを操作しながら、クラウドが動きそうだと言って操作してくれた。
ゆっくりと動き始めた列車に喜んでいると、後ろから大きな"何か"に押され、その勢いのまま目の前の列車にぶつかり止まる。
ガコン、と大きな音と共にぶつかり少しバランスを崩しながらクラウドたちを見ると、皆特に怪我はなさそうだった。
これもゴーストたちの仕業なのかなーーーそう思いながら振り返るも、そこには何もなかった。

「大丈夫か?」
「うん、平気。ティファとエアリスも大丈夫?」
「うん…あれ?何か…」
「通信?でも、どこから…」

ガガガ、と途切れながらも音と声が聞こえる。
さっきの衝撃で通信が繋がった?
そんなあり得ないことを考えながら、耳を済ませると聞き覚えのある声がする。
それは、そうでなければいいと何度も何度も言い聞かせた人物のもの。

「…レノ…?」

ツォンさんやルードさんの声もする。
「プレート解放」「支柱と心中するつもり」「役者が多い方がいい」ーーーそんな言葉が聞こえ、コルネオの言っていた計画が本当だったことがわかる。

タークスなら任務とあれば、支柱を壊すこともするだろう。
そう思いながらも信じられず、心臓がバクバクと言い始め全身から血の気が抜けて行くようだ。

「なまえ、大丈夫か?」
「え?あ…うん、平気。早く行こう!」

心配したようなクラウドの声になんとか笑顔を浮かべ、列車を降りるティファとエアリスに続く。
しかしクラウドに腕を掴まれ引き止められ列車から降りることは叶わず、振り返ると悲痛な表情を浮かべていた。

「何かあれば言ってくれ、なまえ。さっき顔色が悪かった…無理してるんじゃないか?」
「ん…さすがにショックかな。プレートを落とすなんてことが本当だったなんて…でも、ここで立ち止まってもいられないから、行かなきゃ。まだ、間に合うもんね」
「…そうだな」

ティファの話から、七番街スラムまではもう少し。
神羅の増援と思われるヘリも飛んでいたことを考えれば、少しペースアップをして進んだ方が良さそうだった。
急いでいるときに限って現れるたくさんのモンスターを倒しながら、開けたスペースが見えてティファが「近いよ、急ごう」声をかけてくれる。
その瞬間、どこからともなく先ほどのゴーストたちに囲まれた。

音もなく近付いてきたゴーストたちは、あっと言う間にあたしたちを囲むと黒い渦となり、まるで竜巻の中にいるようだった。
目も開けられない程の風に、立っているのもやっと。
こんなところで立ち止まっている場合じゃないのにーーーそう、必死に脱出する方法を探していると、やっと開いた片目に映ったのは、エアリスがより一層濃い黒に取り込まれそうになっていたところだった。

「エアリス!」
「なまえ!」
「エアリス、ごめん!クラウド、エアリスを…お願いっ!」
「きゃあ!」

たくさんのゴーストたちがエアリスを囲み、黒い竜巻のように行手を阻む。
このままじゃーーーそう思ったと同時にエアリスの名を呼んで手を伸ばすと、辛うじて掴むことが出来た。
思いっきり引っ張ってクラウドの方に投げるように手放すと、エアリスを抱きとめてくれたのが見えた。
予想通り、クラウドならエアリスを抱きとめてくれると思ってたから安心した。
それと同時に黒い竜巻はあたしの方にターゲットを変え、浮遊感に襲われる。
あっという間に視界は黒く塗りつぶされ、嵐の中に閉じ込められたような感覚。

「きゃあ!」
「っ、なまえ!!!」
「クラウド…っ!」

手を伸ばすけど、阻まれてしまう。
触れるか触れないかの所で再度浮遊感に包まれた。
自力では逃げることは適わず、クラウドの伸ばしてくれた手も声もどんどん遠くなる。
意識もそのまま深い闇に飲み込まれてしまった。



焦りと不安

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