誰かの声がする。

「おかえり」

そんな子どもとも大人とも取れぬ声。

そこはとても懐かしくて、あたしの居場所だと、そう感じた。





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「…森???」

目が覚めるとそこは知らない森の中だった。
さっきまで、確かに通い慣れてきた大学への道を進んでいたはずなのに−−−
そう思って頬を抓ってみるけど、痛みしか感じない。
どうやら夢ではなく、現実なようだ。

よく見ると、持ってた荷物はなくなっていた。
もしかしなくても、自分は何かの事件に巻き込まれて、こんな深い森に放置されたのかもしれない。
そんな風に、何処か他人事に考える自分に乾いた笑いがもれるけど、今はそれ所じゃない。

このままでは、此処に連れて来た犯人?の思惑通りに死んでしまう。
荷物がないから、当然スマホもなくて、電話も出来なければ位置情報もわからない。
空には太陽が高く浮かんでいるから、お昼くらいだろう。
それだけでもわかって良かったと、空高く輝く太陽に感謝した。

「…出口がどっちかわかんないけど、ひとまず進んでみよう。ここに居たって何も変わんないよね」

自分を奮い立たせる言葉を口にし、森の中を進む。
あてもなく進むのが得策じゃないことくらいわかってはいても、あの場所に居て誰かが助けに来てくれるとも思えない。
せめて、どこか公道に出られれば、そう願いながら方向感覚の狂いそうな道を進むことにした。
その判断が正しいと信じて。





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あれから、どれくらい歩いたかはわからない。
体力には自信があっても、ゴールがわからない道のりを進むのは精神的に堪える。
そもそもゴールなんてあるのかーーー弱気になっても仕方ないとは言え、思わずため息が出てしまう。
せめて、何処か休めるような場所でもあればいいのだが、そんな気配はまるでなかった。

「喉乾いたなぁ…ちょっとお腹空いたかも」

言ってもしょうがないけど、愚痴の1つや2つも言いたくなる。
誰かと共有出来れば少しはマシなんだろうけど、生憎と今は1人きり。
紛らわせることすら叶わないし、段々心細くなってくると恐怖心も芽生える。

それと同時に、カサカサと音がする。
お約束なタイミングにため息が出つつ、音のする方に視線を移す。
人なワケはないから、野生動物とか−−−そう思った瞬間、見たことのない獣が出てきた。
狼にも似たような姿に固まる。
逃げなきゃとは思うのに、身体が思うように動かない。
次の瞬間、その獣がこちらに向かって飛び掛ってくる。
あ、ダメかも…。そう思って目を閉じたけど、痛みも衝撃もない。

「大丈夫か?!」

そう声を掛けてきたのは大きな刀を持った黒髪の男の人。
振り返って肩を捕まれる。
どうやら、獣を追い払ってくれたのは彼のようで、ひどく心配したような表情を浮かべていた。

不思議な色の瞳に吸い込まれ、その瞬間何かがフラッシュバックするように頭の中を駆け巡る。
チカチカと目の前が点滅して、あまりの情報量に処理が追いつかない。
片手で頭を抑えると目の前の男の人は、更に慌てた様子で呼び掛けてくれる。

あたしはこの声を知ってる。
ずっと昔に出会った、陽だまりのような人。
1度会っただけで過ごした時間は少ないのに、何故か兄のように思えた不思議な人。

「ザッ…クス…?」
「お前、なんで俺の名前…もしかして、なまえか?!」
「あた、し…ここ…」
「大丈夫か?取り敢えず、ここはまずいな…立てるか?」

頷いて立ち上がるとザックスは支えてくれた。
いくらか頭痛は収まり、ゆっくりなら歩くことも出来る。
それでもまだ先程よりはマシになったとは言え、たくさんの情報が頭の中を駆け巡っている。
失われた記憶が戻っていくと"あの時"のことが鮮明に思い出される。

あの日、村を襲った悲劇。
燃え盛る炎、村人の声、逃げろと言う両親の声、血のにおい、銀糸の髪を靡かせて妖しげに笑う男ーーー落下する直前に聞いた"彼"があたしの名を呼ぶ声。

「ザックス、ティファは無事?!セフィロスはどうなったの?!」
「落ち着けって。順を追って説明する…俺もなまえに確認しなきゃなんねぇから」
「うん…そうだね…」

そう言ってしばらく歩くと、小さな洞窟があった。
そこに近付くつれて、誰か別の人がいるのがわかる。
金髪の男の人…それは、大切な大切な幼馴染。
初恋に似た淡い気持ちを抱いていた、ちょっと捻くれ者の彼の姿は見る影もなく、ぐったりと虚な目をしていた。

「え…クラウド?!」
「あぁ。ちょっとあってな…大丈夫だって。そんな顔すんなよ」

あたしを元気付けるように頭を撫で回すザックスの笑顔は少し疲れてたけど昔のままだった。
近所のお兄ちゃん、そんな温かさにゆっくりと記憶が戻っていく。
それから、ザックスは今まであったことを説明してくれた。

あの事件の後、宝条の実験体として神羅屋敷の地下にあった研究室に捕らえられていたらしい。
それが最近逃げることが出来て、クラウドを連れてここまで来たと言う。
クラウドはソルジャーの耐性がなく、長い間魔晄を浴びたために魔晄中毒になってしまっていた―――そう話してくれた。

ソルジャーになることを夢見てこの村を飛び出した彼にとっては、辛い事実だったかもしれない。
それでも努力してきたクラウドがいて、きっとそれをザックスは知っているんだと思う。

「でも、なんで?ザックスはわかるけど、クラウドはあの時ニブルヘイムには…」
「俺と一緒にいた兵士、覚えてるか?」
「うん。ずっとマスクしてたから顔はわかんないけど、同じ年くらいかな?って思ってたから」
「それ、クラウドだったんだよ。アイツ、ソルジャーになるって約束してたのに、なれなかったから気にしててさ」
「そっか…来てくれてたんだね。じゃあ、ティファとの約束守れたのかな」

そう呟いてクラウドの手に触れる。
温かくて、生きていてくれたことに安心する。
ソルジャーになれなかったとしても、ティファを護るために駆けつけることが出来たのかもしれない。
クラウドは気にするだろうけど、ティファはそれだけで嬉しかったはずだもん。

「良かった…ティファのために元気にならなきゃね、クラウド」
「…なまえ。クラウドはずっとうわ言のようにお前の名前を呟いてたよ」
「え?」

その声にザックスはクラウドに視線を向けて、続きを教えてくれた。
ザックスは、あたしが魔晄だまりに落ちた瞬間を見ていて、咄嗟に名前を呼んで駆け出した。
だけど、すでに魔晄だまりに落ちてしまったのかあたしの姿はなく、怒りのままセフィロスに斬り掛かったが返り討ちにされてしまったらしい。
クラウドはザックスの後を追ってこの場に来ていて、駆けつけたときは、ちょうど、あたしの名前を呼んで魔晄だまりを覗いていた姿だったらしい。
倒れるティファを抱えて安全なところに避難させると、ザックスのバスターソードを持ち、セフィロスに斬りかかった。
何度か攻防を繰り返し、セフィロスはジェノバの首と共に魔晄だまりに落ちて、それからは生死不明だが、おそらく死んだんだろう―――そう、ザックスは話す。

「クラウドはなまえがいたことをティファから聞いて、護れなかったって泣いてた。俺が助けた後、あそこから逃げる途中も、何度もお前の名前を呼んでたんだ。帰ってきてくれて、ありがとう。これで希望が見えた」

そう言って笑ってくれて、あたしの目からも自然と涙が溢れた。
もしそうだとしたら、クラウドの中にあたしの記憶がカケラでもあったことが嬉しくてたまらない。

落ち着いたところで、ザックスにもあたしの事情を話す。
魔晄だまりに落下中、不思議な光に包まれて気がつけばこことは違う世界にいたこと。
別の世界にいた間は自分の名前以外は何も覚えていなくて、施設に拾われた後、養子として引き取られて生活していたこと。
夢で小さい頃の出来事を繰り返し見ていて、ずっと心に引っかかっていたこと。
今日もいつもと同じように家を出たはずなのに、気がつけばこの森にいて、ザックスと再会して記憶が戻ったこと、そのすべてを。

信じられないかもしれないけど、そう付け足すと、ザックスは頭をかきながらうーんと唸る。

「確かにな。でも、なまえがこんな嘘つくメリットはないし、俺は信じる」
「…ありがとう」
「俺思うんだよ。きっとなまえが助かって、今ここに戻ってきたのは、クラウドを助けるためだって」

そう言って笑う顔に安心した。
心のどこかでザックスならそう言ってくれるって信じていたからかもしれない。

この世界に戻ってきた意味がきっとあるはず。
それがクラウドを助けるためなら、全力で頑張りたい。

「今日はここで休んで、起きたら出発な。お前の装備も整えた方がいいだろうし、近くの町に行こう」
「うん。ありがとう」
「なまえも疲れたろ?クラウドとこれ使ってくれ。今は毛布2枚しかないからさ」
「え?あ、でも…」
「クラウド、お前の声聞いて少し元気になった気がすんだよ。手、握ってやってくれよ」

その顔はクラウドのことを心の底から心配している顔。
あたしはクラウドに寄り添い、毛布をかぶって手を握る。
温かくて、愛おしい彼の体温が心地よかった。

「おやすみ、クラウド」



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