チョコハートブレイク


「ふえっくしょん!」

開店前の店内に、乙女チックなくしゃみが響いた。

「…今の、誰?」
「声的にはルイスだよな…」

ずるるる、と物凄い勢いで鼻をかみ、目をごしごし擦りながら奥から出てきたのはルイスだった。

「あれ、ルイス花粉症なの?」
「ああ、そうなんだ…へっくしょん!
妹は違うんだけど…母と俺だけが花粉症でね…ひっくしょん!
今日は…裏方に回ったほうがいいみたいだね…」

ルイスはずびずび鼻を啜りながら困ったように笑って、もう一度鼻をかんだ。

「ああ…マスクしてても接客的にはアウトだよなぁ…」
「本当…嫌になるよ…花粉症…ふえっくしょん!」
「…でもおっさん臭くないし、逆にありっちゃありなんじゃないか?」
「いやいやいや…嫌だろ、鼻水ずるっずるのウェイターなんかにケーキ運ばれんの。」
「あー…。」

確かに。そう頷いたリキトとグレイと拓海は、かみすぎて赤くなった鼻を擦るルイスを見送った。

「皆平気なの?」
「花粉症か?あー、俺は無いな。」
「ああ、俺も無いよ。リキトもかい?」
「おう。」

奥の倉庫の方から、へぷちっ!と怨めしそうなルイスのくしゃみが聞こえた。
―季節は春。
窓の外は曇りきった空。
特に客足に影響は無さそうだが、いつもレジを打ってくれているルイスが欠けたフロアは些か不安だ。
本当に困ったときはルイスを呼ぶしかないが…―

「ひゃっぷしょん!」
「…色んな意味で大丈夫かルイス。無理はアカンで。」
「…敢えて言うならこのくしゃみを皆に聞かれるのが苦痛だよ…」
「…確かに変やなぁ…」
「…だったら耳を塞いで欲しいな…えっくしゅん!」

…あの様子じゃ呼ばないほうがいいだろう。
寧ろ、あのくしゃみを多くのお客様に聞かせるほうが色々問題ありだ。
―客ではなく、ルイスの羞恥心的な意味で。

「…レジ、打てる人ー。」
「はーい。」
「…俺は無理だ、数字見てると頭痛くなる。」
「…じゃあ、俺と拓海でやるしかないな…」
「…馬鹿ですまん…」
「そのぶん我武者羅にウェイターやれよ。」
「おう。」

三人で協力して掃除をし、気合を入れて新メニューの看板を出した。
…うーん、このままだとメイを呼ぶ日が日に日に遠くなっていくような気がする…

「よーし、今日も一日頑張りますか!」

頑張ったら頑張った分だけ幸せがやってくる。
そう信じて、花粉が飛散する窓の外を見て気合を入れた。

「すみませーん!」
「あ、はい。ご注文でしょうか?」
「うん、えーと…初恋ゼリーを二つ。」
「畏まりました。」
「あと…ルイスさんは今日はお休み?」
「はい。今日は花粉症がひどいらしくて…」
「え、そうなの?お大事に、って伝えといてもらえる?」
「はい。承りました。」

花粉が飛散していても忙しさは全く変わらない。
ルイスが欠けた分、必死に働く。
もうすぐ、ホワイトデー。
このままホワイトデーを過ぎてしまえば、有耶無耶になってしまうかもしれない。
リキトは、お返しこそ決まってはいなかったが、当日に必ず渡そうと決めていた。
―一ヶ月前のバレンタイン。忙しそうだったにも関わらず、メイはケーキを持ってきてくれた。
凄く、嬉しかったし。凄く、美味しかった。
だから、お菓子にせよ物にせよ当日には渡したい。

「お待たせしました、初恋ゼリーです。」
「わぁ…可愛い!」
「すみません、お会計お願いします!」
「ああ只今!」

忙しいったら無い。足が止まることはほぼ無いに等しい。

「有難う御座いましたー!」

レジを打つ、見送る、テーブルへ案内する、片付ける、オーダーを取る、運ぶ、レジを打つ…
いつもは楽しいと感じる仕事が、今日は辛い。
はやく昼休みにならないか、頃合いを見計らう。

「…あれ?」

しばらく我武者羅に働いていると、急に客足が途絶えだした。
―何事だろうか。

「そろそろ昼休みにすっか…」
「せやねー、大丈夫か皆。」
「あー駄目だ、俺死にそう…」

最後のお客さんを送り出して、看板を引っ込めるためにドアを開けた途端。
ザァァァァァ…

「…。土砂降り…」

濡れた地面の匂いがした。
外は土砂降り。天気予報は曇りって言ってたのに…あの眉毛天気予報士め。

「あちゃー、こりゃー客足も途絶えるわなー…」
「今日は何とか材料は有るから買出しは行かなくてええよ。
よーし、今から炒飯作るから座っとき。」

シェフハンスの粋な計らいで、やっと休憩できた。
ぐたっと椅子に座ると、目の前のグレイはいきなり眠り始めた。

「ぐぅぅぅぅ…がぁぁぁぁ…」
「おーい、よだれは垂らすなよ…」

聞こえないのは分かっているが、一応声をかける。
ずるるるるるる…
一際物凄い鼻をかむ音がした。ルイスか。

「ルイス、大丈夫?」
「ああ、うん。雨のお陰で花粉が流れたみたいなんだ。
本当、助かるよ。」

かみすぎて真っ赤になっている鼻で、ルイスはにこやかに笑った。

「でも凄い雨だね…嵐みたいだ。」
「そうですね…
…ん?」

ルイスと一緒に窓の外を眺めていると、見慣れたピンクの髪の毛の女の子が走っているのを見つけた。
…メイかもしれない。
慌ててドアを開けてみると、やっぱりメイだった。

「メっ…メイさん?!」
「あっリキトさん!お久しぶりです!」
「久しぶり…ってそうじゃなくて!何してるんですか!」
「え?あっちょっと店の用事で!」
「風邪引いちゃいますよ!早くこっち来てください!」
「…っはい!」

ドアを開けてメイを呼び込むと、近くで雷が鳴った。

「はぁ…っはぁ…有難う御座います…」
「いいえ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないですね…全身ずぶ濡れです…」

あはは、と困ったように笑って、メイは張り付いた髪の毛をどかした。
水滴がぽたぽたとメイのいたるところから垂れた。

「…あれ、リキト君のお友達?」
「あ、はい。メイって言います。お邪魔してます。」
「そうか、メイさんね。
…リキト君、控え室に案内して上げなよ。メイさん風邪を引いてしまうかもしれないからね。
―安心して。拓海は今キッチンだから。」
「あ、有難うルイス…色んな意味で。」

やけにてきぱきと、ルイスからタオルを受け取った。
拓海がいなくて本当に助かった。

「(拓海は手が早いからな…)」

ずぶ濡れのメイを連れて、控え室へ入った。
控え室は暖房が効いていて、ほんのり暖かかった。
こういうとき、ルイスの花粉症に感謝する。
ルイスだから、ティッシュとかゴミとかは散乱していないし、
暇だったんだろう、丁度きれいに片付いている。

「(グレイだったらまずゴミが散乱してるだろうな…)
はい、これで体を拭いてください。それと…着替えですよね…
…そうだ、その服が乾く間は俺ので悪いんですけど、服貸します。」

「ホント、すみません。
…リキトさんと知り合いで、本当に良かった。」

不意打ちで言われた言葉は、胸に直接突き刺さった。
良かった、良かったって。
なんとも無いフリをして、自分のロッカーから代えの服を取り出してメイへ渡した。

「それじゃあ、ご好意に甘えて…」
「?!うわああああちょっと待ってください!今出ますから!」
「あっすみません!!」

服を受け取ったメイは、いきなり緑色のエプロンに手をかけた。
ナイスディフェンス、エプロン。
慌てて目を隠して、控え室から出た。
もともと、女性には耐性が無いのに。相手がメイだし、余計心臓に負担がかかった。
今のは、刺激が強すぎた。

「いや…でもほら下着とか見てないし…セーフだって…
そうだよ!拓海が読んでるエロ本よかぜんっぜん!」

自分を元気付けようとして自滅した。
考えないようにしていても、どうしても考えてしまう。
―仕方ない、男なんだから。
先ほどよりかなり顔が赤くなってしまった。もう隠しようが無い。
どうしよう、メイが出てきたら。
ピシャン!
刹那、物凄い音が聞こえて、フッと電気が消えた。

「うわっ?!停電?!」

フロアからがたがたと音が聞こえた。
フロアからだけだからキッチンは無事なのだろう。
―問題は控え室だが…

「っきゃあああ?!」
「う、わ?!」

がちゃん、とドアの音がして何かがリキトに抱きついた。
―今の状況から、絶対メイだが…

「…だ、大丈夫、ですか…」
「…ご、ごめんなさい…」

真っ暗で、何も見えないので表情は確認できないが…
メイの肩は震えている。
落ち着かせようと、肩にそっと触ったが、もっと自分を窮地に追いやった。
…リキトの手が触れたのは、シャツでは無く素肌だった。

「メメメメメイさんシャツは?!」
「は、はは羽織ってます!ごめんなさい!かかか雷が怖くて!」

リキトの許容量が、オーバーヒートしだした。
爆発寸前だ。

「…えー、と。取り合えず控え室に戻りましょう。」
「は、はい…」

―オーバーヒートして、逆に冷静になった。
もうどうにでもなれ。でも落ち着け。

「あの…出て行かないで下さいね…!」
「大丈夫です、俺はこの部屋にいますから。」

肩を押して、控え室に入ると、リキトはドアを閉めてそのまま振り向かずに話を続けた。

「…、落ち着けるために、話しててもいいですか?」
「大丈夫ですよ、聞いてますから。」
「…私、夢があるんです。小さいけれど、中々叶わない夢。」
「…夢?」
「はい。…お菓子のお城です。」
「お菓子のお城?家ではなく?」
「ええ。友人にも言われました。変だって。
でも、素敵だと思うんです。お菓子で出来たお城…可愛らしくて。」

漸く、メイは落ち着きを取り戻したようだ。いつもの声色で話している。
それと同時に、ホワイトデーのお返しも決まった。
お菓子のお城。コレを作ろう。

「もう大丈夫みたいですね。」
「えぇ。ごめんなさい、ご迷惑を…」
「ああ、大丈夫です。それでは、俺は…」
「あっ待って!」

出て行こうとした刹那、ぎゅっと右腕を掴まれた。

「あ、の…もう少し、傍に居てください…まだ少し、怖くて…」

また、顔が赤くなるのを感じた。
もうしばらく、雨も雷も、高鳴る心臓も勢いを留まることを知らない。



チョコハートブレイク
(俺、死ぬんじゃないかな)


prev next

[back]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -