季節は夏。
透き通るような青い空と、大きく広がる真っ白な積乱雲。
少しは休憩をいれても良いのにと思ってしまうほど休まず鳴き続けるセミたち。
どうして夏はこんなに活気に満ちているのだろうか。
そして、
「どうしてあんたは仕事の一つも終わらせることができないんですか…」
セミの鳴き声と同じようにとどまることを知らない朝廷の仕事は、捌く隙もなくどんどんと溜まっていく。
それなのにうちの上司ときたら暑さにやられて一つとしてろくな働きをしていないものだから困ってしまう。
おまけに
「妹子ー…アイスー」
30分ごとに何かしら要求をしてくるのだ。
「バカ言わないでください!まだ、さっきのところから1ページも進んでないじゃないですか!」
「だって、だって!これややこしい話ばっかで、目通す気にもならないんだもん!」
わーわーと騒ぎながら机をべしべし叩くその姿は、まるで夏休みギリギリに宿題をやっている子供のようで、何だか自然とため息がでる。
「国の重要な書類が簡単なわけないじゃないですか…。ほら太子、一部終わったらアイス買ってきてあげますから、なんとかここまでは終わらせてください。」
子供だましのようにアイスという餌をちらつかせて、優しい声をかける。
いつもならこんなんでも目をキラキラとさせて食いついてくるのだが…
さて、いかがなものかと視線を送るとまだどことなく腑に落ちない表情で資料を見つめる太子。
「これ以上は譲歩しませんからね、僕だって上から言いつけられて…」
「妹子は今年の夏は夏らしいことしたか?」
「へ?」
いきなりの質問に一瞬ポカンと口を開ける。
夏らしいこと…
「そういえば、何もしてないです、かね…?」
「だろう?」
夏が始まったと思い始めたのがつい最近で、暑いうるさいと騒いでいるうちにいつの間にか8月も終わるような時期になってしまった。
子供から大人になるにつれて段々と忙しくなり、季節の楽しみ方を忘れてしまったようだ。一瞬だけ、なんだかとても寂しいと思った。
「だから、この仕事を何とかして夜までに終わらせたら、ご褒美に今夜は二人で花火をしよう!」
「ご褒美って…」
「ダメか…?」
いや、ご褒美もなにも自分で言ってちゃ…
「まぁ、いいですけど…」
少し反対しそうになって口ごもり、結局許してしまった。
なんだかんだ言って、僕はこの人には弱いのだ。
それに、子供のように花火片手に騒ぐのも悪くないと思ってしまった。
「じゃあ、残り15部、頑張って終わらせてくださいね?」
ちょっとだけ嬉しくなった僕は、今日一番の清々しいほどの笑顔でそう告げる。
「え…?」
さっきまでやったやった!と小さい子のように喜んでいた太子の顔が笑顔のまま固まって、みるみるうちに青くなっていく。
「15、部…?」
「はい!」
太子は僕と一緒に花火をしたいんですよね?と聞いてラストスパートをかける。
「僕も太子と花火したいですから、僕のためにも仕事、頑張って下さいね!」
「いや、妹子…?」
「じゃあ僕は、花火とお酒の準備をしてきます」
ま、待て妹子!と焦る太子に背中を向け、部屋の外に出る。
今頃、してしまった途方もない約束に嘆いているだろう太子を想像して小さく笑う。
ちょっと酷な方法かも知れないが、多分これくらいがちょうど良いだろう。
「2時間したらアイスでも持って様子見に行くか、」
夏の暑さに沈んでた気持ちが少し明るくなった僕は、鼻歌を歌う。
セミの声が大きくなって、青空に吸い込まれるように僕のそばを通り抜けた。
「今年は良い夏だ…」
空は一段と青さを増したようだった。
あなたと夏
(キラキラの思い出をたくさん)