「やあ」
目の前に座る男に雲雀は薄く笑みを浮かべた。
「探したよ。君がイタズラの首謀者?」
「そんなところですかね。そして君の街の新しい秩序」
喉の奥で押し殺したような小さな笑い声を零した男に雲雀は鼻で笑ってみせた。
「ねぼけてるの?並盛に二つ秩序はいらない」
「まったく同感です。僕がなるから君はいらない」
その言葉に雲雀はピクリ、と肩を揺らす。
手に握り締めたトンファーを軽く降れば這い出るトンファーの刺。軽く持ち直したトンファーをいつも通り構えた雲雀は靴の底で砂利を擦り付けるのを感じながらも片足を前へと押しやった。
「それは叶わないよ。君はここで、咬み殺す」

雲雀の言葉に喉の奥で笑っていた声が男の口から漏れる。
しかし、いつまでたっても動こうとしない男に雲雀は浅い溜め息を漏らした。
「座ったまま死にたいの?」
「面白いことを言いますね。立つ必要がないから座ってるんですよ」
その言葉は、雲雀を苛立たせる言葉にうってつけの言葉だった。
口元を子どものようにへの字にした雲雀は眉間に皺を寄せる。
「………君とはもう口をきかない」
「どーぞお好きに。ただ、今喋っとかないと二度と口がきけなくなりますよ」
「!!」
ニヤリ、と男が口元を弧に描いた。
その瞬間にゾクリと感じたのは背筋が凍り付くような感覚。雲雀の中で危険だとサイレンが告げる。
「ん――?汗がふきだしていますが、どうかなさいましたか?」
「黙れ」
「せっかく心配してあげてるのに。ほら、しっかりしてくださいよ。
僕はこっちですよ」
ふらふらと覚束ない足取りで男の元へと歩みよろうとした雲雀は思わず目を見開く。
自分が行きたいように上手くコントロールの利かない足は異常だと思えるほどに重く感じた。
「海外からとりよせてみたんです。本当に苦手なんですね。桜。」
室内に舞う桜の花弁。
無数にも用意された桜に雲雀の足は力が突然抜けたように地面へとへたりこんだ。
自分の手から溢れ落ちた金属のトンファーはからん、と音をたてる。力が全く入らない身体に何度も鞭を打つがそれでも足がうまく動かない。
ゆっくりと歩み寄ってきた男の足が、顔を蹴り上げた。そのまま地面に叩きつけられた頬にひんやりとした熱が伝わる。
「おっと。なぜ桜に弱いことを知っているのか?って顔ですね。さて、なぜでしょう」
雲雀の髪を握り締め、床に倒れこんだ雲雀を引っ張り上げた男は恐ろしいほどの微笑を浮かべた。
「おや?もしかして桜さえなければと思ってますか?それは勘違いですよ。君レベルの男は何人も見てきたし幾度も葬ってきた。地獄のような場所でね」
「そこまでだ。」
男の手を叩き、崩れ落ちた雲雀を支えた悠が男を睨みつける。
「…ずっと黙っていたのでなにもしなかったのですが…やはり止めるのですね」
男の言葉を聞きながらもそっと雲雀を床に倒した悠は鼻で笑いながらも男を見た。
「俺の上の奴だからな。プライドを傷付けるわけにもいかねえし」
「さすがに仲間がこんなになったら耐えられない、ってことですか。」
「違うな。」
違うと即答した悠の目は酷く冷めきったものだった。
「上下関係ってのは酷く脆いもんでな辞表って書いた紙一枚で他人になれる。そんな薄っぺらい関係の奴さ。」
「酷なことをおっしゃるんですね、アナタは」
「人間関係ってのはそんなもんさ。家族ってのも血だけ。血さえ繋がっていなけりゃただの他人だ。…でもな、不思議なもんでよ。見える世界が同じってのはそう簡単に関係は変わらないんだよなあ」
「…アナタ達は同じ、だと」
「価値観がただ似てた。それだけのことだ。」
分からないと眉を寄せた男に悠はまあ、と続ける。
「それ以外にも理由はあるんだけどね。」
「ほう。それは気になりますね。」
男の目は、悠の目のように冷め切っていた。
しかし、その目に浮かぶのは憎悪、軽蔑。そして――悲しみ。
 
「俺、そいつ意外と気に入ってるからさ、簡単に潰されるのは気に食わないんだよね」
 
 
六道骸
(ああ、この男が憎らしい)

 
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