彼から受け取ったバレンタインの手作りチョコ。僕はそれを横目で見ていた。
箱からほんのりと漂う甘い香り。普段の僕ならいらないとごみ箱に捨てるような箱。
だけど、なんとなく捨てる気にはなれなかった。
理由なんて、知らない。
なんとなく捨てないであげようという気紛れな行動。
それでもこんな気紛れは初めてで、僕自信も少し驚いていた。
彼を風紀員に入れたのだって同じ、ただの気紛れ。
使い物にならなかったらすぐに切り捨てようだなんて考えていたのに、彼は人並み以上に仕事をこなした。
書類整理、パソコンでの情報操作。
頭もそこそこ回れば運動神経もいいし、足で纏いにもならない。
むしろ要領良い動きをしてくれるので、やりやすさまで感じていた。
僕は、彼の能力を買ったって正解だと断言する。
仕事も早ければ、彼の淹れるコーヒーや紅茶はとても美味しいし、最近では僕の好みを完全に把握したようだった。
僕は彼のことを何一つ知らない。
ある程度なら理解はしているものの、分からないことが多い。
好み、特技、好きなこと、苦手なこと。
そんなことを知ろうとは思ったことがなかった。
群れる気もなければ、知ったところで無駄になるからだ。
じゃあ、なんで僕はそんなことを今考えていたのだろうか?興味があるから?誰に?…彼に?
まさか、と雲雀は鼻で笑う。
じゃあなにか。思考を巡らせた僕は思わず口角をあげた。
箱を開けば丁寧に並べられた生チョコ。
あらかじめ入っていたプラスチック製の小さなフォークで一粒拾いあげる。
「…おいしい」
口に入れればチョコの甘さと同時にコーヒーの味が絡み合って甘さを中和していた。
彼の気遣いはここまでついてくるのか、と思わず口元が緩む。
彼はどこまでも気を使ってしまう性格らしい。
僕はこんな気遣いまでするお節介に、何を惹かれたのだろう?
 
 
知らない感情
(感情の名前は?)

 
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