つかの間の幸せ

「お前、家に戻ってたんだな」


朝、珍しく早く目覚めてしまった冬真はいつもよりも随分と早くに登校していた。用を思い出したと家から寮に戻ったが、しばらくは騒がしいであろう家の様子を考えると余計に帰宅したくない。
学園に着くと生徒は疎らで、授業開始までも三十分以上はあるので無理もないかと自分の席について伏せる。すると、背後から声が掛かり柄にもなく自分の顔が強張るのを感じたまま振り向く。


「……秋人」


そこにいたのは秋人で、どうして彼がそれを知っているのだと目線で訴える。別に四季家同士のつながりはない訳ではないし、話に聞いていたのだとしても不思議ではない。冬真相手なら余計に、だ。
何故なら冬真は本家で唯一自宅からではなく寮に通っているせいで、帰宅をまだかまだかと一族が待ちわびているからだ。それに、家だって遠く離れているわけではないので見かけていたとしてもおかしくはないのだ。

でも今の冬真は落ち着きを失いつつあったため、訴えることしかできなかった。らしからぬ反応に、少なからず秋人は感じ取っているだろうに舌打ちを一つしただけで話を戻す。


「久しぶりにお前に会いたいと母さんが言って無理矢理雪城家に連れて行かれたんだよ。なのにお前は既に寮に戻った後だし、さらには話の通じない猿にまであった。あれはなんだよ」

「猿…ああ、菅谷の」


秋人は五月蠅いもの、騒がしいものが苦手だ。否、嫌いというべきか。それに見た目不良っぽいのだが根はしっかりとしていて、礼儀やマナーがなっていないとねちねちと小言を零すことが多々ある。それなりに長い付き合いのある冬真だからこそ、自分の家で会ったという猿を示すのが菅谷であると察することができた。まあ、冬真自身も騒がしいとずっと思っていたのだからというのもあるが。


「菅谷?そんなやついたのか」

「…雪城家の遠い親戚で、魔物によって滅ぼされた一族の生き残りが彼だって」


言ってもいいものやらと一瞬吃るが、彼には言わないよりも知っていることは素直に話すべきだろうという考えが冬真の中にはあったので、素直に菅谷のことを話す。そして、謎の魔物に襲われたことも包み隠さずに話した。その魔物が、学園の近くの森に現れたものと同じかもしれないことも含めて。


「なるほどな。でも、それとお前が寮に戻ったのはどう関係があるんだよ。お前の家族、あからさまにがっかりしてたぞ」

「…うるさいのが嫌だったから、だけど」


淡々と、しかし内心ではびくびくと怯えているのを堪えながら述べると、さして興味なさそうだった秋人の表情が一気に変わる。


「お前もそう思うか?あいつ、考えなしに騒ぎ立てるもんだから俺もすぐ家に戻ったわ。やっぱりそう思うよな」


楽しそう、とは違うけれども意見が合って嬉しいのだろう笑顔を浮かべる秋人を見て、思わず顔を背けたくなる。こんな彼の表情を自分なんかが見ていいものかと思いながらも、きっともう見られなくなってしまうかもしれないからという思い、いつまでも見ていたいという思いが混ざって固まってしまう。そんな二人の空間も、次々と登校し始めた生徒を確認するとすぐに壊れて消えてしまう。


「おはよう。冬真…?どうかしたの?」


さっきのは幻だったのではないか、そう疑いながらもそうでないことを願う自分もいる。悶々としながらも、話し掛けてきた春哉が心底心配そうな顔で見つめてくるものだから、なんでもないと首を横に振るのだった。

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