滅びた一族の居候

見たことのない魔物が現れたとなっては学園側も黙ってはいられなかった。生徒たちは午前中には校舎から出るよう指示して、その場に残っている教師だけで結界を張りつつ動向を探ることになったらしい。

学園には遠くからこの地に赴いている生徒のために寮が設立されている。同じ敷地内にはあるのだが何故か電車一駅分の距離がある。と、いうのにも敷地内にも街は存在しているから理解できない訳ではないのだが、どうせ造るなら学園のそばにしろよと冬真は愚痴る。
冬真は地方から赴いているわけではないが寮生としてこの学園に通っている。同じ学園に住む春哉たちはどうかと聞かれれば否だ。四季家はこの国の中心となる都市部に家を構えている。学園も都市部にあるのだから寮に通わずとも学園に通う術は電車なりバスなりいくらでもある。しかし冬真ただ一人はそれをするわけでもなく寮に住んでいるのだ。


本来なら今日も学園から寮に戻るのだが、それをせず逆方向の電車に乗り込む。行き先は自分の生まれ育った家の方角だ。普段なら連絡の一つも寄越さない父親――当主様からの連絡とあっては帰らない訳にはいかないのだ。


「…戻りました、父様」

「冬真か、早く部屋に入りなさい」


家に着くと重たい門を開き敷地内に足を踏み入れる。長期休暇でもなかなか顔を見せない冬真が久しぶりに出向いたこともあって、家で働く使用人たちも含め周りがざわつくのを顔色一つ変えずとも内心では面倒で仕方がなかった。当主に与えられている部屋ではなく、面会する際に使われている客間に向かえば案の定そこには両親と実の兄、そして見知らぬ青年がそこにいた。


「冬真、お帰り。学園生活はどうだい?」

「ただいま…冬樹兄様」


兄である冬樹は顔をだらしなく緩ませて冬真を迎える。いつもながらに鬱陶しいこの腕の中に収まりつつも、目線は名前もわからぬ青年に向けられている。だらしなく足を崩して座る彼は行儀が悪く、染められているのだろう脳天からすでに色が戻りつつある青い髪色をしており耳にはごついピアスをしているなど派手な外見をしているこの青年は本当に客人なのだろうか。もし客人だとして、自分が呼び出された理由は何なのだろうか。


「彼は菅谷雪路だ。雪城家の遠い親戚にあたる菅谷家の一族だが、その家は最近突然現れたという魔物によって滅ぼされてしまった。彼はその生き残りだ」

「大きな魔物…?父様、失礼ですがその魔物というのは真っ黒で、建物よりも大きなものでは」

「冬真、何か知っているの?」

「学園近くの森に…ですが、母様が心配するようなことは起こってません」


冬真の言葉にいち早く反応したのは母親だった。彼女は雪城家、いや、冬の一族の巫女とも呼ばれる人だ。彼女は物心がつく頃から心の闇が視えており、その恐ろしさを知っているからこそ冬真の身を案じる。さすがに魔物のこととなるとその場にいなかった父は詳しいことを聞いていないらしい。ただ、周囲で見かけたものが言うには『真っ黒で、飲み込まれそうな闇がそこにはあったのだ』そう言っていたらしい。


「なんでそんなやつの心配なんかすんだよ!おれの方が心配だろ?」


父に学園のことを報告していると、突然菅谷は怒鳴り始める。先程までは気付かなかったが、彼の顔はとても整っており、髪のプリン状態なのは頂けないが、とても可愛らしい印象を持つ。その声の音量さえなければ、だが。


「我が子を心配するのは…」
「雪那、余計なことは言うな。菅谷の一族のことを忘れたわけではない。勿論君の心配もしているのだ。すまない」

「それならいいんだよ。なあなあ、お前はなんて名前なんだ?綺麗な髪の色してんじゃん!おれのことは雪路って呼べよな!」


父は母の声を過り、あろうことか無礼を働いたも同然の菅谷に頭を下げた。それを申し訳なく思うどころか、この男はそれが当たり前だと言うかのように息巻き標的を冬真に変えた。なんでこんな面倒な男と付き合わなければいけないのだろうか、そう思っていると勝手に冬樹が名前を教えており、気付けば知らぬうちに友達認定をされていた。
どうやら菅谷は冬真よりも一つ年下らしく、しかし敬語も使わなければ誰構わず生意気な口調で話すのだ。誰に対してもタメ口で、注意しても直らない彼は今日から雪城家の居候となるわけで、その旨を話すべく冬真は呼ばれたそうだ。先が思いやられそうだと思わず零した父は彼を拾い上げた張本人で、この時ばかりはお人好しな性格が可愛そうに思えた。

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