その後の記憶があまり無い。あの後はいつも通りの1日だったと思うけれど、多分。家に帰って布団に寝転ぶ。
あ、そういえば。RINEを不動という人に教えてもらったのだった。携帯を取り出してRINEを開く。
『不動明王』
という人物がたしかに入っていた。
「不動…みょ、みょうおう?」
なんて読むんだろうこれ。…柄でもないけれど気になるしRINE送ってみようか。男の子にRINE送るのなんて初めてなんだけど。ちょっとドキドキする。
「今日はありがとう、助かりました。ところで名前、なんて読むの?っとこれでいいかな…。送信」
わ!も、もう既読着いた…早すぎじゃない?
突然の既読で動揺している間に返信が返ってきた。早い、早い。
『ふどうあきお』
あきおくん、あきおくんか。覚えた。
「了解、覚えた!」と返して、一旦RINEを閉じようとしたけれど、もう1度文を打った。「何組?」そう送ればまた既読が一瞬で着いて短く「A組」と返ってきた。
「A組、って理数科じゃん!」
意外すぎて思わず声が出た。失礼だけど見た目からヤンキーだと思っていた。失礼だけど。なんて続けようか考えていると向こうから重ねてRINEが来た。
『明日古典のノート貸せ』
明日は、私のクラス古典ないし、大丈夫だ。了解とだけ返してRINEを閉じた。
フッと今日色々あったことが反芻される。
意外な展開だらけだったけど、何より一番は鬼道くんが話しかけてきてくれたことだ。思い返して顔がにやける自分がいる。枕に顔を埋めても上がった口角は戻らない。ずっと話せないかと思ってたの。余韻に浸ったまま私はいつの間にか眠っていた。
次の日もまだ余韻が消えなくて。鬼道くんが視界に入る度再び胸が高鳴るし、友達にもなんかいい事あった?なんて聞かれるし、私そんなわかりやすいのかな。単純なのは認めるけどさ。
「オイ」
昼休み、友達とご飯食べ終えてトイレに行った帰り、不動くんに後ろから乱暴につつかれた。
「痛い」
「ノート貸せ」
それが人に物を頼む態度なのか!と思ったけど、昨日鬼道くんと話せたのは不動くんのお陰なのだ。仕方ない、それに免じて許そう。
「はい」
教室まで戻ってノートをとってきて渡せばまた不動くんはまた悪ガキのように笑った。
「で、なんでそんな名前チャンはご機嫌なワケ?」
「昨日鬼道くんに話しかけられたの!」
「ヘェ、なんて?」
「えーっとね、不動くんと知り合いなのかって聞かれたよ」
そう言えば不動くんはその綺麗な顔をひん曲げて呆れた顔をした。そんだけ?そう聞かれたけど好きな人と初めて話せたんだそれだけでも重要なことだよ。
「鬼道くんと友達ってことは不動くん内部進学?」
「まあな。中2の時ここに来た。まぁ鬼道クンとはサッカー繋がりだよ」
「てことは不動くんもサッカー部なのか!」
意外すぎて少し大きい声が出た。不動くんサッカーするんだ、意外。ぶつかった瞬間のヤンキーもとい不良のイメージは完全に消え去った。理数科の時点で普通に消えてたけど。
「おう。じゃあまたノート返すわ」
「待って待って」
帰ろうとする不動くんの腕を反射的に掴んでしまった。ちょっと驚いた顔して不動くんはこちらを凝視していた。
「これからも恋愛相談とかしてもいい…?」
不動くんの眼力に圧されてなんだか恥ずかしくなってきてどんどん声が萎んでいってしまった。不動くんはちょっとだけ黙っていたけど、ため息を一つついて、「しゃーねぇな」と言ってくれた。優しい。
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