「ほら」

アスマさんは、そう言ってしゃがんだ。背中はこちらを向いている。おぶされということだろうか。

「………歩けます、よ?」

「残念ながらドクターストップだ」

…………ほんとだろうか。
疑いの眼差しを向けると、彼は苦笑した。多分、ドクターストップではない。だってトイレくらいなら自分で行けるし、車椅子とか使われるだろうし。
ほら、とまた催促されて、しぶしぶ背に乗った。おぶさることが申し訳なくなるような体格差でもないだろう……たぶん。軽々と立ち上がったアスマさんは、そのまま病室を出て階段を上がっていく。

「外じゃ、ないんですか?」

「んー?屋上なー」

……なるほど? アスマさんが良識ある忍者でよかった。窓から出て壁を歩いたりはしなそうだ。
規則的に揺れる広い背中でぼんやりしていると、あっという間に屋上についた。

アスマさんは、ベンチに私を下ろすと、ブランケットを渡して隣に腰かける。そのまま流れで胸ポケットに手をやろうとして、やめる。煙草を取り出そうとしたのだろうか。別に、そこまで気遣わなくてもいいのに。今日は風がある上に、そっちは風下だし。

彼は浮かした手を誤魔化すように息を長く吐いてから、こちらを見つめた。空気が変わったのが分かる。

「早速で悪いが、単刀直入に聞くぞ。あの日、何があった?」

きた。緊張を追い出すように息を吐いた。大丈夫だ。頭を整理する時間はたっぷりあった。

「薬師カブトに、会いました」

途端に鋭くなった視線に先を促されて、言葉を続ける。

「初めてあったのは、中忍試験の前です。次は本戦の直前に。どちらも札屋として、里を歩いてる時です。木の葉の下忍だと、思って、」

「売ったのか?」

首を振った。なにを、だなんて言われなくても分かっている。敵だと分かっているのに、武器を売るほど馬鹿ではない。
ただ、これは私だから知っていたことだ。結局、警戒しているのがバレて目をつけられた。全くもって意味が無い。

膝にかかったブランケットを握りしめる。

「なんとなく、嫌で…… あらかた売り切れてたのもあって、誤魔化しました。2回目は、買う気は無かったみたいです」

嘘は言わない。相手は忍者だ。きっとバレる。

黙って促すアスマさんにちらりと目をやって、話を続けた。

「子供を、避難所に案内しているときに、カブトが来ました。手伝って欲しいと言われて、おかしいと、思いました。私に、手伝って欲しい、だなんて」

すう、と深く息を吸った。私は案外、怖かったみたいだ。あの笑っていない瞳が、今にでも、屋上のドアを開けてここに現れそうな気がする。気のせいだとは分かっているけれど。

「カブト、ベストを着てました。下忍だと言っていたのに、中忍試験は終わってないのに。だから、敵だと思って、子供を逃がして、ついて行って……  隙をついて、逃げました」

今思うと、あれは影分身だろう。カブトは個人的な興味と言った。木ノ葉崩しは大きな計画なのに、私みたいなのに力を割く訳がない。多分、ろくにチャクラも分けられてない影分身だ。爆風で消えかねないくらいの。それでも、戦ったら私よりは強いだろうけれど。

「……音忍が、3人、追いかけてきました。多分、下っ端だったと思います。殺すなと、言われているようでした。1人倒して、逃げたら、もう1人現れて、ベストを着てたんです。そのまま捕まって、刺されて、札を、ありったけ、一気に」

「ユズ」

「大丈夫です。お守りがあって、子供がくれて、そのせいなのか、よく分からないけれど助かりました。だから」

「ユズ!」

弾かれたように顔を上げて、自分が俯いていたことに気がついた。早口になっていたことも。
落ち着け、冷静になれ。

「十分だ。よく分かった」

「……すみません」

大きな手が背中を軽く叩いた。詰まっていた息が押し出されたような気がする。

なにをやってるんだ、私は。時間は腐るほどあったのに、ちっとも整理できてない。大丈夫だと、思っていたはずなのに。

いつの間にか握りこんでいた拳から力を抜いて、深呼吸とともに握って開いてを繰り返していると、アスマさんが口を開いた。

「今回、俺が来たのはな、謝るためなんだよ」

「…………謝る?」

「ああ」

軽く頷いて、アスマさんは続ける。

「火影に渡しただろ?お守り」

「……はい」

結局、役には立たなかったけれども。三代目のために作ったお守りは、何故か私の命を救っている。最後の爆発に作用したのかは分からないけれど、その前に、何度も何度も助けられた。

「あれな、親父は自ら手放したんだ。老いぼれにはもったいないだとかなんとか言ってな。悪かった」

「……アスマさんが、謝ることでは」

余計な、お世話だったのだろうか。それとも、絶対に持っていて欲しいと強くいえば、三代目は今でも生きていたのだろうか。
………その代わりに、私が死んでいたことは間違いないけれど。

また俯きかけていると、大きな手が頭をかきまわした。揺れる視界に、落ち着いた声が響く。

「年寄りを案じてくれてありがとう。だが、こんな老いぼれにも守れるものはあるぞ。……だってよ」

「……三代目は、幸せだったんでしょうか」

漫画で、彼がどんな表情で亡くなったか、もうあまり覚えてない。それでも、この里の火影は立派な人だったということは分かる。
乱れた髪を整えて隣を見上げると、アスマさんはくしゃりと笑った。

「最期に俺を見て、笑ったんだよ。幸せだったろうさ」

そう言って、アスマさんはまた胸ポケットに手を伸ばした。何も入っていないだろうそこを探って、居心地悪そうに肩をすくめる。

「…………煙草、吸わないんですか?」

「あー、まあ、な。今日まで禁煙なんだ」

「……本数、減らした方がいいですよ。紅さんのためにも」

強ばった肩がわかりやすくて、ちょっと笑った。






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