目の端で胸をそらせた忍びに反射でチャクラを足に集めようとして、かくりと力が抜けた。
「え、」
感覚がちがう。その一瞬の困惑で動きが止まる。思わず視線が下に向くと、横から叩きつけられるような衝撃が走った。押し出された空気はそのまま水に飲みこまれ、気管に侵入してごぽりと音を立てる。息が、できない。
水牢の術かなにかだ。水は心なしか粘度が高く、自由に動けない。チャクラが練り込まれているんだろう。
クナイも真っ直ぐに飛ばない水中で札を使っても、ほぼ確実に巻き込まれるだけ。そもそも、強行突破しようにもチャクラが切れかかっている。
くそ、詰んだ。滲んだ視界で水牢の外を睨むが、揺れる水面越しでは影くらいしか認識できない。こぽりこぽりと口から空気が漏れていく。
長くは持たない。
拘束系の対策をしなかった私の落ち度だ。お守りの範囲を、しっかり考えておくべきだった。
………仕方がない。巻き添え覚悟で水牢ごと吹き飛ばす。
気づかれないようそろりとポーチに手を伸ばす。どろりとした水で体が思うように動かないが、不可能ではない。ふと、くぐもった声が聞こえた。何を言っているかはよく分からないけれど、良いことなわけが無い。
警戒で身を固くした途端、脇腹に強い衝撃があった。
「ん、ぐっ…」
ごぽりと空気が押し出される。刀だ。外から突かれている。お守りのおかげか、まだ傷はない。大丈夫、まだ、持つ。
歯を食いしばってポーチから札を抜き取ると、今度は背中に衝撃がきた。先ほどの比ではない。
くそ、刺さらないと分かって、叩き潰しにきた。
札を握っていた指が解けた。全身に、何度も何度も突き立てられる。ごぽごぽと肺から空気が抜けていき、代わりに水が気道を塞ぐ。
もう、持たない お守りも、呼吸も
脇腹に熱い痛みが走った。違う、これは、刺さっている。
声も空気も、漏れるものはもうない。
ふ、と意識が遠のきかけた時、体が地面に叩きつけられた。視界の端に映った水は、赤い。
「がっ、げほ、げほっ、う、あ……」
遠かった声が、クリアになって聞こえた。叩きつけられて押し出された水の代わりに、生ぬるい空気が肺を襲う。咳き込む度に鋭い痛みが走り、体が強ばる。
「おい!殺すなっていったろ」
「さっきまで刀とおんなかったじゃねえかよ!」
聞こえてきた声があまりにも気楽で、腹が立った。ふざけるな。声を発そうとしても、酸素に慣れない身体はか細い音を立てるだけ。くそ、
「 ち、だいぶ深いな…… まだ死なねえだろ。連れてくぞ」
ひゅうひゅう響く自分の呼吸音がうるさい。白み始めた視界は、水やら涙やらで当てにならない。ポーチに手を伸ばす気力もない。
でも、このまま終わりたくはない
巻き込まれるとか、そんなこと、どうでもいい
このまま捕まるなんて、冗談じゃない
何も出来ずに誰かの足を引っ張るなんて、忍者達の足でまといになるなんて、耐えられるわけがない。利用されるなんてもってのほかだ。
3人の気配が十分に近づいくのを待つ。もう少し。
都合よく、あたりの水はこいつらのチャクラが溶け込んでいる。ポーチと服に仕込んでる私の札も、十分にその水を吸っているはず。不服だが、私の血も流れた。上手く作用してくれるかもしれない。
あとは、きっかけを作るだけ。
指先が冷えていくのがわかる。瞼にすら力が入れられなくなっていく。
ふと、既視感を覚えた。この感覚は、知っている。
懐かしい感覚だ。欲を言えば、もう二度と味わいたくはなかった。死に際の感覚なんて
飛びそうな意識をなんとかつなぎ止める。
近寄ってきた1人が、屈んで顔をのぞき込んだ。
「……なんだこいつ、笑ってんのか?」
ざんねんだったな くそやろう
「し、ねっ……!」
残っているありったけのチャクラを一気に練り込んで、叩きつけた。