走る 走る 走る
札を設置して、煙玉と分身で視線を逸らしつつ、全力で逃げる。行きに仕掛けたトラップが、こんな所で役に立つとは思わなかった。避難が済んでいるのは幸いだったかもしれない。起爆札の使用を躊躇わなくて済む。既に何箇所か大きな爆発をさせているし。

それでも、未だに振り切ることが出来ない。なるべく中心部に、人がいる方に行かなければいけないというのに、どうもひと気のない方に追い詰められている……みたいだ。

これでは埒が明かないだろう。このまま走っても、郊外に出るだけだ。今逃げ切れているのは、土地勘と相手の油断、それとさっき仕掛けたトラップが残っているからに過ぎない。腹を、括らないと。

路地の角を曲がって、その場にしゃがみこむ。すぐに追いかけてきた先頭の男の腹に、下から火の札を叩き込んだ。

「ぐぁ…!?」

男はあっという間に炎に包まれる。避けたつもりだったが、ちりりと髪と赤い布が焦げた音がした。反応が遅い。修行不足だ。くそ。

「このクソガキ…!」

耳元でクナイが風を切って、慌てて走り出す。他は建物の上にいるようで、姿は見えない。そのまま進路を変更して別の路地に入る。できるだけ細かく曲がって、回り込まれないように、それでも進行方向は見失わないように。
あと二人、あと二人だ。足を止める訳にはいかない。


肩に鋭い衝撃を感じた。体制は崩すも不思議と痛みはなく、すぐ後ろから衝撃の声があがる。追いつかれている。お守りが作用したんだろうが、確認している暇はない。片手で印を組んで、何度目か分からないチャクラを練った。限界がうっすら見えてきたけれど、スピードを落とす訳には行かない。

さく、と、軽い音を立ててクナイが私の背中に刺さると同時に、潜んでいた電柱の裏から飛び出してクナイを投げ返した。全てに起爆札がついている特別性だ。ぽんと私だった影が丸太に変わり、内臓が震えるような音を立てて起爆札が爆発する。その爆風の力を借りるようにまた走り出した。

爆発の耳鳴りに混じって唸るような声が聞こえる。続いてもう1人の声。気のせいじゃない。まずい。仕留め損なった。
きっともう同じ手は効かない。今の爆音で誰かが気づいてくれるといいんだけれど、それまで私が持つか分からない。
息が上がる。上手く空気が吸えない。チャクラも底が見えて来た。相変わらず中心部はまだ遠い。
歯を食いしばって路地を曲がると、薄い緑のベストが目に入った。
助かった。

は、と息をつくと、その音が聞こえたのか、木の葉ベストの人が振り返る。額当てには見慣れない音符が刻まれていた。

だまされた。引き換えそうにも、音忍が2人迫っている。屋根に登ろうにも、忍者でもない私が不安定な足場で追いつかれないわけが無い。 撃ち落とされるのがオチだろう。

「…くっ、そ!」
今日は本当に追いかけられてばかりだ。何をしたって言うんだ。私なんかより狙うべき人は山ほどいるだろうに。

木の葉ベストの音忍が、至極楽しそうに笑う。

「おいおい、こんなガキ相手になにやってんだよ。下忍ですらねぇんだろ?」

「奇妙な道具を持ってやがるんだよ。しかも生け捕りがご用命と来たもんだ」

「俺としちゃあもう殺してやりたいんだがな」

後ろから聞こえた声に喉が鳴る。もう追いつかれていたのか。 じりじりと背中を脇の壁に預けるも、意味が無いのは分かっている。こんな抵抗、あっという間だ。

遠くで誰かの雄叫びが聞こえた。続いて爆発音も。木の葉の反撃が始まったんだ。なら、もう少し耐えれば。
落ち着け。大丈夫だ。乾いた口内で、震えないよう言葉を押し出した。

「…な、ぜ。私を、」

「おっと、一丁前に時間稼ぎのつもりか?」

「教えてやるよ。金になるから、以上だ」

目にも止まらぬ早さで印を結んだ1人が、軽く胸を反らせ、大きな水球を吐き出した。反射的に火の札を投げつける。ごう、という音を立てて札は燃え上がり、水球は小さくなって地に落ちた。

「ほう?」

視線がポーチに注がれる。もう、手の内はバレている。それでも何とかしなければ。
後ろ手に壁に札を張りつけると、舌で唇を湿らせた。空気を吸え、呼吸をしろ。大丈夫だ。しっかりしろ。

「このガキ血継限界持ちか?」

「さあな。俺らにゃ関係ないだろ。捕まえりゃそれで…な!」

「かはっ…!」

力んだ声が聞こえたのとほぼ同時に、腹部に衝撃を感じた。空気が押し出される。
蹴られた、と思った時には地面に叩きつけられていた。

「ぐ、げほっ… く、そ」

ぐわんぐわん揺れた頭で、倒れ込んだまま片手印を結んだ。
どん、と地響きがして、爆発の振動でまた頭が揺れる。口に入った砂が気持ち悪い。

「う、うー……」

吹っ飛んだ割に腹の痛みは少ない。打ち付けた背中と頭のほうが痛いくらいだ。お守りが、上手く作用してるのかも。衝撃は殺せなかったようだけど、何も無いよりマシだったはずだ。
それでも、いつまでも続くわけがない。あのお守りがいくら特別性だからって上限がある。威力にもよるけれど、あと二、三発が限度だろう。

ふらつきながら立ち上がると、煙幕の中から大量のクナイが襲ってきた。慌てて結界札で壁を作る。結界が間に合わず当たった数本も、身体に衝撃だけを残して落ちていく。

このままじゃどう考えてもジリ貧だ。煙幕に紛れて逃げるしかない。悪あがきに起爆札をいくつか投げ込んで、身体を反転させようとしたその時、後ろから声が聞こえた。

「残念だったな くそガキ」





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