「やっぱり、分かってたんじゃないですか」
そう言ってカブトは片手印を組んだ。ぼふん、と薄く煙がたって、暗部のローブを羽織った姿が現れる。木の葉の額当てもどこかへ消えた。
「君は、最初に出会った時から僕を警戒してたね。二度目も。今だって、怪しいと気づいているのにこうして着いてくる」
「……逃げたら、追いかけてきますよね」
口が乾く。まばたきが怖い。彼なら一瞬で距離を詰めることだってできるはず。
「それはもちろん。だって気になるでしょう?怯え、警戒し、それでも落ち着き払ったように、冷静であろうとする」
ざり、と後退りをする。当然のようにカブトは距離を詰めてくる。もうすこし、あと2…いや、1歩でいい。ついさっき通った道だ。まだしっかり覚えている。
「……なにが、言いたいんですか」
「まるで忍びのようだ」
はっきりと言われた言葉に息を飲んだ。冗談じゃない。歯を食いしばって、あえて口元を引きあげる。気を抜くな。笑え。大丈夫だ。
「それは、うれしいですね。忍者を志していた身として」
「君自身は悲しいくらい向いていないと思うけどね。……まあ、忍に向いている人なんていないか」
ふ、と笑ったカブトに、内心、このまま喋り続けてくれないかと願った。時間を稼ぎたい。
そんな願いとは裏腹に、カブトの目付きが変わる。にやりと、口角が上がる。
「……私を連れていって、何をするんですか」
苦し紛れに放った言葉に、それは愉快そうにカブトは答えた。
「まずはその札を見せてもらうかな。さっきはああ言ったけれど、別に君が死んでも問題は無いんだ。僕個人の趣味でしかないからね」
まずい。じり、ともう一歩下がる。これ以上時間は稼げない。
あとは、すぐ後ろに通したテグスにチャクラを流せばいいだけだ。テグスはバレているだろうけれど、なんのトラップかまでは分からないはず。
「そうですか…… でも、お断り申し上げ、ます!」
ポケットに入っていた煙玉を火の札と共に叩きつける。と同時に、チャクラを込めた足でテグスを踏みつけ、後ろに飛んだ。先ほどまで私がいた場所に、薄らと光の壁が出来上がる。テグスを通ってチャクラが両サイドの結界札に伝われば発動する、お粗末な仕掛けだ。元々は、敵小隊を分断するためのトラップだったのだけれど。
そのまま振り向かずに駆け出すと、すぐに後ろで爆発音が鳴り響いた。
これでどうにかできるとは思っていない。時間かせぎ、いや、今の爆発で誰かが気づいてくれれば、それでいい。とにかく里の中心部へ戻らないと。
細い路地を使いつつ、なるべく目立たないよう走る。追ってくる気配はない。諦めた?そんなまさか。
それにしても遅い。そろそろ木の葉の反撃が始まってもいいはずなのに。いつになったら、
カタン、と上から物音が聞こえた。
「お前が札屋かぁ?」
咄嗟に立ち止まって見上げると、影が三つ。逆光で見えづらいけれど、木の葉のベストではない。クナイに手を伸ばしつつ目を細めた。額当ては音符のマーク。
「あのクソメガネに気に入られたか?災難だったなぁガキ」
「俺らもアイツは気に入らねぇけどよぉ こんな楽な仕事他にねぇしなぁ」
「大人しく捕まってくれや」
相手の言葉を待たずにまた駆けだした。カブトと対面したことで恐怖感が麻痺しているのか、身体は思っていたよりすんなり動く。勝てるわけがないけれど、逃げられる、はずだ。
ポーチとポケットに詰められた札を、頭の中で数える。まだ余裕がある。土地勘はこちらにある。相手は3人、それでもカブト1人より百倍マシだ。
「だい、じょうぶ」
言い聞かせるように吐き出して、首から下げたお守りを握りしめた。