遠目で正確ではないけれど、おそらくは火影邸や病院よりも大きな三股の大蛇が、地響きをたてて這いずっている。
どうにも現実味がわかない。倒せるわけがない。でも、足を止めるわけにはいかない。
息を細く吐いた。大丈夫だ。

「戦わなくてもいい。逃げるだけ」

スピードを緩めずに頬をペチンと叩いて、隠し持っていた赤い布を額にまく。これは私の額当て代わりだ。しかも、これなら木の葉の忍…少なくとも中忍以上のほとんどは札屋だと分かってくれる、はずだ。すぐ逃げるつもりだが、所属が分かるに越したことはないし。

久しぶりに額に触れる布の感触に覚悟を決めた。これから私はユズじゃなくて、木の葉の札屋だ。
まだ蛇は遠い。なら、やれることはあるはずだ。大丈夫。

「札屋!」

顔見知りの忍びに声をかけられた。いつの間にか併走されている。よく見えないが周りに数人いるようなので、一小隊で動いているのかも。

「俺たちは里の中央にいく。避難場所はわかるか?」

「はい!」

火影岩の裏、アカデミーで習った場所。里内にいくつか抜け穴もあったはず。全てじゃないだろうが、いくつか心当たりがある。

私がうなずくと、彼らは無理はするなと言い残してスピードをあげた。追いつけるわけがないので、大人しく抜かされる。
その後も誰かは分からないが、何人かは私を追い越していった。詳しくはわからないけれど、方向的に中心地に向かったはずだ。アカデミーや病院もあるし、単純に人が多い。

なら、私は

少し方向を変えて、里の外れに向かう。中心から離れたところに住んでいる人は多い。森のそばに住んでいる私がいい例だ。蛇が来る方向とはズレているから、危険も少ないはず。
それに、無理に中心に向かっても役に立てないだろう。これでも札を売り歩いていたから、里の中なら土地勘もある。

走るにつれて、忍びとは遭遇しなくなっていった。ルートから外れたのかもしれない。

徐々に見えてきた家々は無傷だ。位置的にも襲撃は受けていないはず。少しの荷物を持って走っている人がちらほらいるので、話は伝わっていたみたいだ。鷹かなにかかな。他になにかしら方法があるのかもしれない。私は知らないけれど。

流石隠れ里と言うべきなのか、動揺してはいるものの、避難はスムーズだ。念の為、結界の札を等間隔に設置していく。
大蛇の進行方向じゃないとはいえ、安心は出来ない。まあ札を置いたからと言って安心出来る訳でもないけれど。というか大蛇の重さには確実に耐えられないだろう。それでもないよりマシだ。たぶん。

小さな子供を背負って抜け穴に押し込み、はぐれた子供を近くの大人に引渡し、杖をついた老人の手を引いて案内する。
時折頭上を物凄いスピードで飛んでいく忍者がいるから、そう悠長にはしていられないみたいだ。
避難が終わると後退し、なけなしのトラップを設置、また避難の誘導をする。中心地に近づくにつれて段々と人気が無くなっていく。この辺の避難は、さっき抜かされた忍者たちが終わらせたんだろう。
なら、もう大丈夫だ。

静まり返った里で深呼吸をすると、かすかに子供の泣き声が聞こえた。

「え、」

嘘だ、避難漏れ?
空耳かもしれないけれど、 そうじゃなかったら。


声が聞こえたアカデミーの方向へ駆け出す。生徒はとっくに避難しているはず…というか真っ先に情報が行くはずだ。出来れば大人に、忍者に報告した方がいいんだろうけど、生憎近くには誰もいない。前線に出ているのかも。

「誰かいますか!?」

入り組んだ路地裏で声を張り上げると、上から物音がした。見上げると、小さな子供を背負った少女が窓から身を乗り出している。

「避難するよ!降りてこれる!?」

声を張り上げると、少女は真っ赤な目で頷き、中に引っ込んだ。カンカンと鉄製の階段を降りる音が響く。

あらためて辺りを見回すけれど、忍者どころか大人もいない。
こんなところに子供が残されるなんて。いや、すぎたことは仕方ない。一度通りに出て、敵が来ていないのを確認してから合流する。

少女は、目は赤く歯を食いしばってはいるものの、泣いてはいなかった。背負われた子どもも落ち着いている。

「よく頑張ったね。逃げるよ。その子私が背負ってもいい?」

「……お姉ちゃん、だれ?」

しまった。額当てもしていない私は、子供にとっちゃただの不審者だ。この子、年の割にしっかりしてる。
それにしても、この質問はちょっと痛い。

「…ユズだよ。アカデミーに通ってたけど、忍者じゃない。君はアカデミー生?」

こくりと頷いた少女に、屈んで目を合わせた。

「あー、じゃあイルカ先生って分かる?」

分かりやすく目を輝かせた少女を見て一息ついた。どうやら味方証明は出来たらしい。

「……よし、安心した?逃げようか」

まだ3歳くらいの子供を引き取って背負い直し、少女と早足で歩き始める。見たところ木ノ葉丸と同い年だろうか。イルカ先生が分かるってことは、クラスメイトなのかもしれない。まあ木ノ葉丸と接点がないからなんとも言えないけれど。

忍びを目指すだけあって、少女の足取りはしっかりしている。ただ、ちょっと焦りすぎだ。

「どうしてあんなところにいたの?」

声を抑えて話しかけた。比較的ゆっくりめに、落ち着いて聞こえるように。
ぱちくりと目を瞬かせた少女は、それでもしっかり答えようと口を開く。

「アカデミーで、避難訓練があったの。全校生徒でね。校庭に出るやつじゃなくて、ちゃんと洞窟まで行くやつ」

洞窟っていうのは避難場所のことだろうなと予想をつけて、うん、と相槌を打つ。敵の姿はない。

「なんかおかしいと思って…その時間、ユウが…その子が留守番してる時間だったから、急いで帰ってきて、一緒に避難しようと思ったんだけど…」

逃げるタイミングを失った、と。

「あー……うん。先生とか大人には伝えた?」

「ううん。でも、友達に言ってきた。そしたらね、木ノ葉丸くんからお守りもらったの」

緊張がほぐれたのか、少し強ばっているものの笑顔を浮かべた少女は、ほら、とどこか見た事のある赤いお守りを見せてくれた。


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