抵抗も虚しく、小脇に抱えられたまま風を切る。
どうやら裏のスタッフルームのさらに奥まで迷い込んでいたようだけど、景色にはさっぱり覚えがない。幻術ってなんなんだ…… 私が走ってたのはこんなにシンプルな道じゃなかった。周りを見るに、どうやら客席には戻らず外に出るらしい。

よくわからないけどとりあえず下ろしてほしい。今喋ったら舌を噛むので何も言えないけれど。あんな目にあっても無傷なのに、自分で舌噛んだとか笑えない。

がくん、と急にハヤテさんが止まった。多分出口はすぐそこなんだけれど。見上げると、人差し指が私の口元に当てられる。そのまま自分の元に持ってかれた指を追うと、ゆっくり動く唇が。

て き が い ま す

了解の意を込めて首を縦にふる。そしてそのままどうしますか?と首をかしげた。伝わったとは思うけれど。返ってきたのは小さな頷きだけ。

ほう?
何のことかはよくわからないけど、まあなんとかなるんだろう。一応札の詰まったポーチには手を伸ばしておく。

と、ハヤテさんはくるりと踵を返した。遠心力で足がぐるんとばたつく。ちょっ、先に言ってくれません!?
抗議をこめて体に回された腕に力を込める。私を振り回していたことが完全に頭から抜けていたのか、謝罪とともに囁かれた。

「戻りますよ。上に」

「は?」

「ここで見つかるよりは、混戦していた方が安全ですので」

「え、あの、」

上って大多数が寝てて音と砂と木の葉が大混戦でのアレだよな?安全なわけないでしょうが

「だったらこの辺に隠れてれば」

「幻術の範囲はこの建物全体です。入口が封鎖されてる以上、上から出るしかないでしょう。……また幻術にかかりたいなら、止めはしませんが」

「…いえ、」

腹をくくれということか。
いつの間にか見つけたらしい階段を駆け上がりつつ、面を装着する横顔を見つめる。錆びたロボットのようにぎこちなく動く左腕を思わず目で追うと、体に回された腕に力が入った。

「人の心配をしてる場合ですかね」

「あ ー……はい」

そういうことじゃないんだけれど、と思いつつ、大きくなる喧騒の音に集中する。
そのまま、速度を緩めず明るい方へ飛び込んだ。

日の光に目がくらむ。眉をしかめたその瞬間、体が宙に投げ出された。

え?

慌てて体を立て直す。周りを見るに、どうやら客席ではなく、よりによって中央のグラウンドに出てしまったようだ。さっき登った階段は選手用なのかもしれない。
どこか見覚えのある砂の忍びと対峙していだゲンマさんの元に、ハヤテさんが走り寄った。キン、と金属音が鋭く響く。
突然乱入してきた暗部に片眉を上げたゲンマさんは、しかし私を見ると納得したように舌打ちをし、砂忍から目を離さずに声を張り上げた。

「おいおいおい、なんでお前らでてくるかな! 」

「しょうがないでしょう。塞がれていました。下からは出れませんよ」

「隠れるなりなんなりしときゃいいだろうが!」

「生憎、この方には借りがありまして、」

風をまとうように飛び出したハヤテさんを目で追った。いつでも逃げ出せるようにチャクラを足に貯めつつ、どこか冷静な頭で思う。あ、これ私大丈夫なやつだ。

そのまま砂忍と打ち合うハヤテさんを横目に、無造作に近寄ってきたゲンマさんを見上げる。警戒はしっかりしているんだと思うけれど、いつもとあまり変わらない姿に気が抜けそうになる。

「越えられるか?ここの壁」

演習場を囲む壁は10メートルはあるくらいだろうか。まあでも、駆け上がるくらいはできる。一応でも忍者を目指していた身だ。戦う以外の小技なら練習だってしている。
頷くと、ゲンマさんはよし、と小さく笑う。

「じゃあ嬢ちゃんは外に出て避難だ。できるなら住民の誘導も兼ねてくれ」

「はい。あの、」

視線を砂忍にむけたままのゲンマさんに、ポケットから札を数枚取り出した。

「いつかの、ツケを。今使えるかは分かんないですが、少なくとも足止めにはなると思います」

渡したのは足止め用の結界札と、私でも威力が想像つかないオリジナルの起爆札が数枚ずつ。正直役に立つかはわからないけれど、無いよりはマシかもしれない。
だから、と言葉を繋げる。

「三代目様のとこ、行ってください。できたらカカシさんたちもいっしょに」

「…おう、ありがとな。あのお守りは、ちゃんと火影様に渡しといたからよ」

「はい、ありがとうございます」

「ったく、役立ちそうで何よりだ」

吐き捨てたゲンマさんに苦笑して背を向けた。

「じゃあ、行ってきます」

おー、というゆるい返事を聞き流す。足のチャクラを調整し、弾けるように駆け出した。追いかけてきたクナイは、すぐに千本によって弾かれる。集中してテンポよく壁を駆け上がり、砂煙の向こうに見える大蛇に息を飲んだ。






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