試合は順調に進んだ。
それこそ私の記憶通りに。

初戦でナルトが日向ネジに勝利。
ナルトが赤いチャクラを纏った瞬間は空気が冷えたが、特に問題は起きなかった。ある程度の年齢の忍者はポーチに手をかけて立ち上がりかけていたけれど。

途中でヒナタが吐血して運ばれていくというアクシデントがあったが、医療忍術をかじっているという暗部が現れたので多分大丈夫だ。暗部と目が合った気がするけれど、面ごしで勘違いしただけだろうし。
ついていこうかと腰を浮かしかけたが、キバいわく「オレだけで大丈夫」らしいので素直に従う。試合を見ずにタイミングを逃すのが一番怖い。
……それに正直、ここで食い下がるほどヒナタと仲がいい訳でも無い。木の葉の暗部なら大して心配する必要も無いだろうし。


延期と棄権によって急遽繰り上げられた二戦目では、シカマルが危なげなく敗退。……危なげなく、敗退。
初戦のナルトは殴って防いでの格闘技だったが、シカマルはそれこそ将棋を指すように、これと決めた手順を淡々と踏んでいるようだった。私はこっちの戦い方のほうが好きだ。ナルト達よりハラハラしないし。

「あれがシカクさんの…」だの「奈良家の跡取りが…」だの。さすが木の葉が誇る名家なだけあって、誰もが面白そうに噂をしていた。
となりの中忍コンビに至ってはべた褒めである。すごい。




さて、私が見れるのはここまでだ。
うちはサスケが現れずざわめきだした観客席を抜けるべく、立ち上がった。コテツさんが首を傾げる。

「どこいくんだ?」

「あー、お手洗いです。多分すぐには始まらないでしょうし……」

すぐ戻ってきますから大丈夫です、と更に嘘を重ねて早足にその場を去る。すぐどころか戻っては来ないし、精神的には大丈夫じゃない。もちろんトイレになんて行かない。

嘘をつくことに罪悪感を感じるほど子供じゃないけれど、考えるより先にすらすら出てくることが増えた気がして自嘲する。私がただの子供なこともあってか、ほとんど疑われない。
……まあ、疑われるのは困るんだけど。

早足で歩きつつ視線を落とすと、椅子の影から見なれた靴がのぞいていた。
忍者なら誰でも履いているような、つま先が出ている支給品の靴。くるぶしを隠さないくらいの濃い灰色のズボンには見覚えがある。

「……え?」

ボアがついたグレーの上着。隣にも白い服を着た小柄な人影が倒れている。
あの服は、さっきまで隣にいた……

「キバ!ヒナ……ッ!」

走り寄ろうとした足を止めた。そうだ。確かこの二人は…… 少なくともキバは、途中で暗部に気絶させられる。思い出した。なんでこんなことを忘れてたんだ。何も今頃思い出さなくたってよかったのに。

木の葉の暗部がキバに危害を加える理由がない。なら、あの暗部は敵。
つまり、私が目が合ったように感じたあの暗部は、木の葉の暗部だと思い込んでいたアイツは、たぶん、カブトだ。

ぞくり、と背筋が震えたのと、観客が沸いたのはほぼ同時だった。おかげで我に返った。こんな事している場合じゃない。
「おっせーぞうちは!」と叫び声が聞こえた。多分、もうサスケが来たんだろう。のんびりしている時間はない。


目をそらし、二人の姿を視界に入れないようにした。私は倒れている二人なんて気がつかなかった。見なかった。背を向けて、小走りでその場から離れる。

本当は札の使い方を知っているキバに手伝ってもらう予定だったけれど、ここで無駄に騒ぎを起こしたくはない。余裕があったら戻ってきて、起こせば良い。
……あのカブトが、簡単に起きるような方法で気絶させてるとは思えないけれど。

とりあえず今は、一刻も早くここから離れるべきだ。
幻術にかかって眠ってしまうことは避けたい。というか戦場の真っ只中で寝こけるなんて怖すぎる。流れ弾で死なない保証は欠けらも無い。
なにより、眠ったら出来ることも出来なくなる。なら、逃げるが勝ちだ。



階段を降りて建物内の廊下へ。いくつか曲がり角がある短い通路を抜ければすぐに出口なはず。
いくら忍者の里だからってただの演習場でスタジアムだ。複雑な作りをしているわけが無い。


が、短いはずの廊下が終わらない。

前は見えている。すこし先の膨らんだロビーに設置されている簡素なベンチまで、鮮明に見えている。
足が地面を蹴る感覚もある。体が風を切る感覚もある。

それでも、走っても走っても、何故か辿り着かない。

思わず足を止めた。くそ、なんだってんだ。
とりあえず、進めない以上戻るしかない。
振り返る。伸びた通路の先には、膨らんだロビーと簡素なベンチが見えた。
降りてきたはずの階段はなく、同じ景色が続いているだけ。

私がさっきまで見ていたものと、全く同じ。

「幻術……?」

どうして。サスケと我愛羅の戦いはまだ始まってといないはず。その証拠に、観客の野次も盛り上がりも聞こえる。あの対集団の幻術は、まだ発動してもいないはずだ。
それでも、こんな景色、幻術じゃなきゃなんだって言うんだ。

震える手で印を結ぶ。
元々逃げる気だったからって幻術返しを練習しなかったのが悔やまれる。もうすこし準備とか修行とかしておけば良かった。
せめてカブトのことだけでも思い出しておけば。

やったことは無いけれど、やるしかない。

長く息をつき、体を巡るチャクラをイメージしようと目を閉じた途端、
耳元に生暖かい空気を感じた。

ふう、と何かの吐息が首を舐め上げる。

「みぃつけた」

「っ!!」

声を出す暇もなく、反射だけで飛び退いた。転がりながら壁に背をつける。クナイを手にしたまま辺りを見回すも、誰も、何もいない。

でも、何かがいた。
まずい。とてもまずい。
誰かなんて分からないけど、味方であるわけがないのは確かだ。

とりあえず、早く幻術を解かなくては

もう一度手を組む。
深呼吸をすると、自分の呼吸音の合間から音がしていることに気づく。

ひたり、ひたりと、何かが近づいてくる音だった。





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