目が覚めると朝だった。ちなみに私が眠りについたのは昼過ぎである。………うん、寝すぎだ。
徹夜明けだからって1日寝て潰したら意味が無いじゃないか私。いやもうノルマは達成してるから大丈夫だろうけど…… あまりに寝ても寝ても寝足りない。
いい加減に目覚ましなり体調を整えるなりの対策を練るべきだ…… 血が足りてないのか体力がないのか。あるいはどちらもか。
ため息ついでに深呼吸をする。冷たい水で顔を洗って、ぺちりと頬をたたいた。
体調はよし、札も十分すぎるほどに準備した。服が仕込んだ札で若干ごわつくけれど、気にする程じゃない。
「無茶はしない。けど、出来ることはする」
呟いて、足を踏み出した。よし、たぶん大丈夫だ。大丈夫。
歩きなれた里をぐるりと1周して、人の流れにしたがって本試験の会場に向かう。
演習に使われることもあるらしいけど、アカデミーの時に使った覚えはない。忍者であっても、中忍試験のような大きなイベントがないと使わないような施設……らしい。
まあこの里イベントとかあんまり無いからな… ライブとかあるなら会場になりそうなところだ。多分。入ったことは無いからわかんないけど。
そういや木の葉でライブとかあるんだろうか……
映画があるのは知ってるけど…… なんてことを考えながら階段を登り、客席を見渡す。
すこし早めに着いたはずなのに既に半分ほどは埋まっていた。木の葉ベストが多いのは警戒も兼ねてるのか、ただこの里に忍者が多いだけなのか……
そのなかに見慣れたバンダナを見つけて、声をかけた。
「イズモさん、おはよーございます」
「おー、札屋か。はやいな」
「目が覚めたので… コテツさんは?」
尋ねると、お前もか…とため息をつかれた。
ああ…なんとなく察した。もう何回も聞かれてるんだろうな。セットのイメージが強すぎるのがいけない。
「もう来るよ。別に四六時中一緒なわけじゃないからな?」
「……そうですか」
こちとらいい年した大人だっての……と顔を顰めたイズモさんに、思わず苦笑してしまう。でもなんやかんや一緒に見る辺り、仲は悪くないんだろう。
というかこの二人が仲良くないとか言われたら何も信じられなくなる。
「札屋は1人か?よかったら一緒にどうだ」
「あー、コテツさんも大丈夫なら…」
「むしろ喜ぶと思うぞ。アイツは案外面倒見がいいんだ」
「……じゃあ、よろしくお願いします」
面倒見られる本人を前にして面倒見がいいとか言うか?とも思ったけれど、ぺこりと頭を下げて座った。
この二人は信頼出来るし、これからのことを考えると周りに大人がいるのは心強い。安全性が違う。
……我ながら、打算的なことを考えてるなあ。ほんの少しだけ申し訳なくなるけれど、遠慮なんてする気は無い。私は自分の命が大事だ。
そうこうしている間にも着々と席は埋まっていく。
「ほら、来たぞ」
投げられた視線に振り返る。
「お、札屋もいたのか」
「おはよーございます。ご一緒していいです?」
「もちろん。お前こそいいのか?友達とか…」
「……あー、なるほど 」
その発想はなかったな…と一人頷いていると、「なるほどってお前なあ…」とコテツさんが呆れた。いや、そんなこと言われましても。
「友達……というか同級生はみんな中忍試験受けてますし……」
「あ、そうかお前ルーキー達と同期だもんな」
「まあ一応…多分みんな見に来てると思います」
コテツさんにイズモさんの隣を譲り、ついでに立ち上がって何気なく辺りを見回す。
眼下には既にナルト達受験者が……サスケ以外は揃っているはずだ。あー、周りの噂を盗み聞くに、音の忍びも一人減ってるらしい。
面倒そうに欠伸をしているシカマルと、落ち着きなくきょろきょろしているナルトが対照的だ。
それとひょうたんを背負ってる赤髪の男の子。元凶というかなんというか……
視線を上げる。ここから少し離れたところにサクラといの、チョウジを見つけた。あの桃色の髪は結構目立つ。
表情まではうかがえないけど、なんとなくそわそわしている気がする。サスケが心配なのかもしれない。唯一頼れるカカシさんもいないわけだし。
うーん、あの人はもうちょっと子供に優しくてもいいんじゃないだろうか…… 一言あってもいいのに、なんて思うのは私が甘いだけか……だって12才だぞ。私もだけれど。
辺りを見回すと、流石に警戒が強まっているのか、面の上からフードをかぶった暗部が1、2……8、いや9人? 目立たないけれど外套が統一されてるだけあって、一人見つけると次々見つかる。
9人…… 二小隊にしては一人余るし、珍しいけどスリーマンセルで三小隊なのか。探せばもっといるのかもしれないけれど。。
てっきりもう少し警備が厳重になってるかとも思ったんだけれど、そんな印象は全くない。
どこかに隠れてるのか……それとも、観客として来ている忍者が戦力として数えられてるのか…… いや、ここだけじゃなくて、もう木の葉全体に配置してるのかもしれない……
ふるふると首を振った。だめだ。三代目が何を考えてるのかさっぱりわかんない。そもそも私は昨日ゲンマさんに聞いた、危ないかもーって話以外なにも知らされてない訳だし。分かるはずがない。分からなくてもいい。大丈夫。
息をつく。緊張してるみたいだ。私が緊張したってなんの役にも立たないのに。
火影様の声が響いて、弾かれたように顔を上げた。開始が宣言される。いよいよだ。大丈夫。出来ることを。
「ユズ!」
急に現実に引き戻されたような気がした。声の主を探すと、キバがヒナタを引き連れて近づいてくるのが見える。
「ここ空いてるか?」
反射的に頷くと、キバはヒナタを先に座らせた。案外紳士だなと頭の片隅で考える。
正直、私としてはヒナタよりキバが隣の方が居心地がよかったと思わなくもないけれど。もじもじと手を動かす隣の扱いが正直よく分からない。周りにいなかったタイプだ。
「ひ、久しぶりだね……ユズちゃん」
アカデミーでもそれ以前にも、もちろんそれ以降も、ヒナタと特になにか話した覚えはない。……よく私のこと覚えてたな。私はもう君ら以外の同級生忘れてきてるのに……
「久しぶり、ヒナタ」
動揺しながらも平静を装って答えると、ヒナタは恥ずかしそうに目を伏せた。……なにか用があったのかと思ったけれど、そうでもないらしい。
ううーん、瞳の色のせいで感情が分かりにくい気がする。これは日向のお家騒動は表情が読みづらいことも一端を担っているような気がしてきたぞ。
そんなことを考えていると、反対側のコテツさんからつつかれ「友達いるじゃねーか」とでも言いたげにニヤリと笑みを向けられた。
これは果たして友達なのか……だめだ……私にはもう友達というものがよく分からない……
「にしてもユズがここにいるなんてな」
投げられた言葉に首を傾げる。
「…私だって流石に見に来るけど」
「ちっげーよ!」
ところで私とキバの間に挟まれてるヒナタが若干気まずそうだけれど…… まあいいか。
「お前はいのたちと来ると思ってたぜ」
「あー…うん。誰かと来るって発想がなかった」
「んだそりゃ…」
いやなんだと言われましても……
愛想笑いで返したが、正直こっちはそれどころじゃない。なんてったって命がかかってるんだぞ。 モブはいつ死ぬか分からないんだからな。
ふーとまた息をつく。落ち着けってば。無理する必要はない。やれることだけ。
視線を落とすと、下にいるゲンマさんと目があった。ニヤリと口角が上がって、くわえた楊枝が上機嫌にぴこぴこと動いたから、多分お守りは火影様の手に渡っているんだろう。よし、大丈夫。