「お、わったーー!」

ふらつく頭で伸びをする。なんとなくデジャヴを感じるなこれ。日常的に貧血とか冗談じゃない。
まあ兎も角、これで、札は、作り終えた。予備も含めて。
本戦は明後日……いや、もう明日だ。気が付かないうちに空が白んできている。 作っては食べて寝て、起きては作ってたから生活リズムの乱れが激しい。自営業の特権かもしれない。

一眠りしたいところだけれど、どうしても、今日、やりたいことがあった。とりあえず顔を洗って、着替えることにする。

…なんか、夏休み最終日に宿題を終わらせたみたいな気分だ。



朝早い時間なのに、街にはかなりの人がいる。
忍者っていうのはフルタイム労働なのか、それとも私が普段寝坊してるだけなのか…… 多分前者だ。そうに違いない。わたしはねぼうなんてしていない。
あくびを噛み殺しながら火影邸に向かっていると、「やあ」と声がかかった。
振り向くと、銀髪丸眼鏡の見覚えのある人物が。

「……あ、」

「おはよう。僕のこと、覚えてるかな」

一度会ったことあるよね。と続ける彼。確かに、会ったことはある、し、覚えている。逃げ出したくなる足を抑えて、ぺこりとゆっくり頭を下げた。地面に向かって笑顔をつくる。
大丈夫。私はただの一般人だ。サスケみたいに血統があるわけでも、ナルトみたいに強大な力が封じられているわけでもない。目をつけられるわけがない。大丈夫だ。
営業スマイルのまま顔を上げて、一度眼鏡の奥の瞳と目を合わせてから、「えーと、」と言葉を繋いだ。

「カブトさん、ですよね。札買ってくれようとした」

「そうそう。買えなかったけどね」

苦笑をしながら答えた銀髪丸眼鏡──薬師カブトに、こっちも苦笑を返す。
だってそれ以外どうしようもないじゃないか。愛想笑い万歳。徹夜明けの寝ぼけた頭にはこれが限界だ。

「残念ですけど、今日はお店やってないんです。赤い布、着けてないんで」

いつも布を巻いている場所である額を、とん、と指しながら言うと、カブトは心底楽しそうな笑みを浮かべた。なんでだ。こわい。やめろ。

「ん?ああ、買いに来たわけじゃないんだ。ちょっと見かけたからね。声をかけただけだよ。…まあ、札には興味あったけどね」

「あー、なんか、すみません」

「また今度、今度は中忍になってから来るよ。じゃ、」

絶対にもう来ないでください!!と動きそうになる口を「ご贔屓に」とかろうじて動かすと、カブトはそのまま笑顔で去っていった。

「………あーーーもう」

力の抜けた足を叱咤して、誤魔化すように呟く。
……全く、いったいなんだったんだ。中忍になってから来るったって、あいつは木の葉で中忍にはならない。つまり、もう来ることは無いはず。
まあ、それにしても、今回はあんまり動じなかったんじゃなかろうか。変なことも聞かれていないし、答えてもいない。大丈夫。




また絡まれてはたまったもんじゃないと、今度は足早に火影邸に向かった。
誰かしらいるとは思うし、対不審者なら木の葉でいちばん安全なところだ。なんてったって中枢部だし、強い人しかいないし。

いつものように入ると、中はかなり慌ただしい。
外交行事の前日かつ、戦争前日になるかもしれないので、まあ無理もない、だろう、けど、困る。
多分火影様はこの比じゃない忙しさだろう。会えるどころか、渡せるかも怪しい。

うろうろしていると、数人に混ざり見慣れた背中があった。

「ゲンマさん!」

「…あ?なんでお前がここにいるんだ?」

案の定というか、慌ただしく動き回っていたゲンマさんに走りよると、思いっきり眉をひそめられた。でも周りに指示を与えて自分は残ってくれる辺り、この人は優しい。というか、案外偉い人だったみたいだ。

「三代目様に、渡してほしいものがあります」

「なんだ?なんか急いでんのか?」

「はい。今日中、出来るだけ早いほうがいいんです。お願いします」

勢いよく頭を下げると、上からため息が聞こえた。忙しいのはわかるけど、ここは譲れない。ポケットから布でできた小さな赤い袋を取り出して、差し出した。特別製のお守りだ。ハヤテさんのときより、効力は高いはず。成長してるはずだ。

「あーー、一応聞くが、怪しいもんじゃねえよな」

「お守りです。……効力は、薄いかも知れませんが」

お願いしますともう一度頭を下げると、「わーったよ」と声が降ってきた。

「届けるのはいいが、持っててもらえるかはわかんねえぞ?」

「わかってます。怪しいとか、危険だとか思ったら処分してくださいと火影様に伝えてください。……できれば使ってほしいんですが、」

「あー、怪しいとか、そこんとこは今更大丈夫だと思うけどなあ。まあ、俺からも言っといてやるよ」

任せとけ、と笑ったゲンマさんは、ところで、と声を落として言った。

「………明日、本戦見に来るか?」

どういう意味だ、と思いつつも「その予定ですけど」と返す。見に行かなきゃ、いつ何が起きるか分からないし。起きたら木ノ葉壊滅とか冗談にならないからほんと。

「……ひょっとして、行かない方がよかったりします?」

「いや… なあ嬢ちゃん。ないとは思うが、最近怪しいヤツに声掛けられたりしてねえよな?」

ついさっきの銀髪丸眼鏡が頭をよぎる。あいつはめちゃくちゃに怪しいし、まあ正直に知識込みで言うと“敵”だけれど……
いやまあ、“札屋”にとっちゃただの木の葉の下忍だし、怪しいこともしていない。なんで怪しいかなんて説明がつかないし、むしろ怪しいと思う方が怪しい、かもしれない。
そこまで考えて、一人頷いた。結論:黙秘。

「…してないですね」

「おい、なんだその間は」

「いや、なんでもないです。…ついカカシさんが出てきちゃって」

「く、……本人に言うなよ、それ」

「あ、ゲンマさん笑ってます?」

「お前…… マジで言うなよ。俺が笑った事も含めて。あいつ怒るとねちっこいからな」

「あー…、ぽいですねー 気をつけます」

すみませんカカシさん…気をそらすつもりが悪口になってしまって…と心で謝っていると、頭に手が乗った。
いつもより少しだけ力の込められたそれに顔を上げると、ゲンマさんはそもまま苦笑いをして、「それはそれとして、気をつけろよ」と。

脳内にクエスチョンマークが浮かぶ。なにを?カカシさんに気をつけろ?

首を傾げると、「明日のことだ」と言われ、頭をわしゃりとかき回される。さらにクエスチョンマークが浮かんだ。なんでだ。なんで今更。

ハヤテさんの一件もあって、“札屋は現状の危険さを理解している”ってことが知られてても良いのに。そこんじょそこらの下忍よりも知ってる立場なはず…… いや、だからか。でもあらためて言うなんて。それに、さっきの質問も。

「…もしかして、私が危ないです?」

「いや、あくまで可能性の話だ。気にするな」

「ええ…… 」

「ハヤテの件が不思議に思われていてもおかしくない。用心に越したことはないってことだ。もちろんこっちも対策はしてるが、一応、な」

「あー、わかりました。一応、気をつけます」

頷くと、「よし」と手が離れる。じゃ、とくるりと背を向けられて、慌てて頭を下げた。

「忙しいときに、すみません。ありがとうございます」

「おう、これは渡しといてやるよ」

手の中の赤をひらひらさせながら足早に去っていく背中を見送って、ふあーと欠伸をした。眠い。すごく眠い。早く帰って寝ようとくるりと踵を返した。

「気をつけろって言われてもな…」

平均以下のチャクラしかもたない一般人が気をつけたところで、本物の忍者に適うわけがない、と思う。家は郊外の森の中だから何があっても気づかれないだろうし。

……なるべく、人の多い通りを使って帰ろう。気休めだけど、注意なんて、やらないよりはマシなはず。

とりあえず明日、明日だ。





戻る

×
- ナノ -