風通しの良い日陰に、ずらりとほぼ等間隔に並べられた紙。
よくよく見ると赤く濁ったような黒で書かれた文字と模様は、ところどころ乾いてよれている。…まあ多分、問題は無いだろう。
もう正直ゲシュタルト崩壊してきている。あと血が足りない。肉が食べたい。

ふう、と筆をもったまま息を吐く。
いい加減つかれたから、もうちょっとやったら休憩しよう。
備えあれば憂いなしというから、なるべくいっぱい作っときたいとこだけど。

ふと、外から音がした。誰か来た。
カカシさんとかだろうか、と少し警戒して耳をすますと、ゴホゴホと咳き込む声が。

ん?

「ハヤテさん……です?」

すこし声を張って呼びかけると、「ああ、いらっしゃいましたね」と声が。
いや分かってたでしょ忍者さん。私が気付くくらいなんだから。

縁側から顔を出すと、普段着なハヤテさんがそこにいた。なんでこんな所にいるんだこの人。暇なのか?

「まあ、退屈だったので」

内心首を傾げたのが分かったのか、ハヤテさんは苦笑を浮かべながら言い放った。
それでいいの……いいのか。今この人無職だった。
へえー…とハヤテさんに座るように促す。お茶でも入れてこようとすると断られた。そんなことより、と呼び止められる。

「どこか、怪我でも?」

「……?いえ、まった…く……。あ、血の匂いとかです?」

「すこしですが、まあ……。手首ですか?」

「うわ、そこまで分かるんですか……」

もういい加減血は止まってるはずだし、墨の匂いも強いはずなのに、なんで分かるんだろうか。体臭とか嗅がれてそうでめちゃくちゃ怖いわ。特にカカシさんとかキバとか。


「これ、わざとなんで、気にしなくていいです」

手首をふりながら言うと、ハヤテさんが眉をひそめる。ああ…そういや言ってなかったな。

「血、使うんですよ。強い札作る時だけですけど」

まあ今回作ってたのが対木の葉崩し用の加減ガン無視札だからしょうがない。威力は上げれるだけ上げたいとこだから、それなりの量の血を混ぜた。よってそれなりの傷の深さだ。普通に痛い。

「なるほど……一応お聞きしますが、血継限界では?」

「あー、違うと思いますよ。両親ともに普通の中忍だったらしいですし……。隔世遺伝とかだったらわかんないですけど」

「記述にも残ってませんでしたしねえ……突然変異かなにかでしょうか」

「人を希少動物みたいに言わないでくださいよ……というか、調べたんです?」

「まあ、退屈だったので」

今度は肩を竦めながら答えると、「ああ、そうでした」とハヤテさんはポケットを探った。

「どうぞ」

差し出された飴玉の種類はバラバラだ。チョコやらラムネやらも混ざっている。げ、これ兵糧丸だ。
つーかこの人まだ貰うのか。前より機会減ったと思ってたのに。

「わざわざもってこなくてもいいんですけど…」

「これ、ユズさんに渡せと言われたんですよ」

……は?

「先日、報告で顔を出したんですがね、その時に皆さんが」

「わたしに、です?」

「僕のことを知ってる一部の人からしか貰ってないので、少ないですが」

「べつにそこは不満じゃないですけど……」

なんでまた私に?と首を傾げると、ハヤテさんはすこしだけ言いづらそうに咳き込んでから、ええと…、と繋いだ。珍しいな。

「僕が死んだと気づいた時、ひどくショックを受けてたそうですね?」

「…まあ、そりゃあ」

「これで機嫌をとっとけと、いろんな方が」

待機所の人たちは私が飴で機嫌よくなると思ってるのか……?そりゃあ無いよりは食べてた方が機嫌はいいですけど。別にいいんだけど。

「……じゃ、いただきます」

大人しくチョコレートを一つ頬張ると、独特の風味が口いっぱいに広がった。久しぶりの甘さにちょっと怯む。こんなに甘かったっけか…おいしい。
むぐむぐと味わっていると、縁側から室内を覗き込んだハヤテさんが、「圧巻ですね…」と呟いた。ずらりと並んだ紙は私もびびるレベルだ。あれ全部私の血が入ってると考えると余計に。

「あと、どのくらい作る予定なんですか?」

札です?と尋ねると、札です、と答えが。えーっと……

「あと…十枚くらいですかね。お守りも作る予定ですけど」

「……あまり無茶しないでくださいね。顔色、悪いですから」

「ええー…そのままお返ししますよ」

私が溜息をつきつつ言うと、ハヤテさんは少し顔を背けて、いつもより少しだけわざとらしくケホケホと咳き込んだ。
……自覚あったんだろうな。はあ、と溜息をついて、静かに、言葉を選ぶ。

「私は、無理とかしないんで大丈夫ですよ。幸いにも無理しなくていい立場ですし」

「……ええ、僕もです。お互い、本業に任せましょう」

そう言ってゆっくり立ち上がると、ハヤテさんは片手で印を組んだ。

「では、また。試験会場で会えるかと」

「え、帰るんです?」

「はい。今日は立ち寄っただけなので…」

では、ともう1度咳き込んで、煙と共に消えた。
…そういえば、あの人試験会場来るんだろうか。音も砂もいるだろうに。

「まあ、大丈夫なんだろうけどさー…」

ふう、と息をついて伸びをする。
よっし、もうひと踏ん張り頑張りますかね。私は私の出来ることをやる気だ。






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