「うあー」
うなり声だかため息だか、自分でもよく分からない声を上げて、正座を崩して後ろに倒れ込んだ。日はとっくに傾いている。
身体中バキバキだし、切った手首はじくじく痛む。
限界だ。
そろそろ動き始めないと、と、ハヤテさんを助ける何かを作ろうと頑張ること何時間か。成果は商店街の福引で当てた安っぽいぬいぐるみと、その周りに転がったクナイが物語っている。使用者がチャクラを流し込まなくてもオート守護してくれる札である。すごい。私本当にすごい。
でも使用者がチャクラを必要としない分、作成者(つまり私)から大量、そりゃあ大量のチャクラをぶんどっていく。というかこれでもかという程注ぎ込まないと完成しない。あたりには失敗作がいくつも散らばっているし、ぬいぐるみはボロボロ。なんだか申し訳なく思う。
ふうーと大きくため息をついた。
もう動けないほどチャクラを使ったのに、結局完成品として使えるのは1枚だけ。しかも上忍の攻撃を2度防げればいいほうだ。もしかしたら1度で効果を失ってしまうかも。
あーもう。もしも私にナルト並みのチャクラ量があったら、サクラ並みにコントロール力があったら、サスケのセンスでも、シカマルの頭脳でもいいかもしれない。なにか一つでもあったら、もう少し上手く効果する札を作れたかも。それ以前に、普通に下忍に成れていたら
「あーやめやめ。不毛だー」
血文字を書き続けたせいか、貧血で頭がくらくらするし、自分で切った左手首は鈍い痛みを主張し続けているし、きつく巻いたはず包帯には、はやくも血が滲んでいた。
「戦ってないのに満身創痍とか...」
「だよなあ。大丈夫か?」
反射で飛び退いた後、クラっとして再びへたり込んだ。合わない焦点を無理やり合わせると、見たことあるシルエットが。咥え千本にバンダナ。ゲンマさんだ。
「……え、なんで……今日行かないって言っといたはずなんですけど」
「いやー、待機所で話題になってな? んで、この前ライフラインねぇとか言ってたの思い出して、どんなもんかと」
にしてもボロボロだなあ嬢ちゃん、大丈夫か?と縁側から入ってくるゲンマさんを、ぼんやり目で追う。
と血が足りない頭の隅が、ちりり、と警笛を鳴らした。
どうしてゲンマさんがここにいるんだ?そろそろ大蛇丸が行動を始めていてもおかしくないのに。この人に情報が回ってないはずがないのに。
じり、と座ったまま後ずさる。
「...今、中忍試験中じゃないんですか」
「あ?まあそうだが...」
「仕事、ありますよね。なんでそんなに暇してるんですか」
「暇じゃねえよ。これでも一仕事してきた後だ。どうした?」
屈まれて、視線が合う。ああ、子供扱いされてる。
「私のとこにわざわざ来るなんて、おかしいじゃないですか。忙しいんじゃなかったんですか」
少なくとも音忍対策でやるべき事は沢山あるはずだ。こんなところでフラフラしてるはずが無い。
一瞬だけ訝しげに細まった目が、仕方ねえなとでもいうように和らいだ。へらり、こちらを安心させようとする目だ。
「落ち着け、嬢ちゃん。俺は正真正銘不知火ゲンマだ。札屋の事を嬢ちゃんなんて呼ぶのは俺だけだし、この場所はアスマさんに聞いた。警戒心があるのはいいが、ちょっとやり過ぎだぜ?」
それに、とゲンマさんは続ける。
「俺がもし敵だったら、疑われた時点で攫ってるさ」
聞こえた時には、ゲンマさんの手のひらは既に私の頭に乗っていて、「な?」という声が斜め後ろから聞こえた。目の前には、もう誰もいない。
鈍く痛む頭を必死で動かして腰元に手をやるが、ポーチにあったはずのクナイは既にゲンマさんの手の中でくるくる回っている。
「卑屈になるなよ、ユズ」
そのままぽんと叩かれて、頭がすうっと冷えていくのを感じた。ふらり、力が抜けた身体が傾くのを必死で耐える。
あーまずい。これはだめだ。ちょっと、ゲンマさんの言うとおり卑屈になりすぎた。いらぬ警戒をして、心配させて。
「あー……と、ゲンマさん。すみません」
「……大丈夫か?相当やられてんな」
食うか?と差し出された兵糧丸を、ちょっとたじろぎながらも口に放り込む。……なんだこれ。漢方みたいな味がする。まずい
顔をしかめて噛んでいると、ゲンマさんは正面に座り直して、今度はくしゃりと私の髪をなでた。いつの間にか張り詰めていた糸が、強制的に緩まされる。
「んで?なんでそんなボロボロになってんだ」
「いや、あの、新しい札を開発してて...ちょっと無理しました」
ふーむ、と少し考えて、ゲンマさんは口を開いた。
「なあ札屋、今って札の在庫あるか?」
「あ、ええ。普通に用意してますけど」
「んじゃあ2、3枚適当にくれ。で、これでなんか食いに行ってこい」
「え、いや、」
差し出された金額は少しどころじゃなく多めだ。流石に受け取れないと顔を上げると、悪戯っぽく笑うゲンマさんがいた。
「一緒に食いに行きたいとこなんだが、生憎俺も忙しいからな。これで勘弁してくれ」
くしゃり、とまた撫でられる。
ああもう、そんな言い方されたら断れないじゃないか。
「...次にあったときにはツケ分払いますから」
「ツケって、逆じゃねーの?」
喉の奥で軽く笑って立ち上がると、ゲンマさんは来た時と同じように縁側からすっと消えた。
ああもう。忍者ってのは本当にかっこいい。