「俺一人っ子なんスよね」



だから、兄弟が居るセシルとかジタンが見てて羨ましいッス。
夜も更け、焚火を囲んで夕食をとっていた時に呟かれたティーダの言葉。適度に焼かれた鶏肉をフリオニールが均等に切り分け、またカンテラの中で煮込まれたあっさりめのスープをセシルが分けていた時に、ティーダは膝を抱えながらそんなことを急に言った。
二人から配られた夕食を俺も受け取り小さく礼を言うと、視線をちらりとティーダへ向ける。いつも食事をとる時は楽しそうにしているティーダが今は心なしか沈んでいた。何が彼をそうさせたのか、今日は別行動だったからはかりかねるが、きっと何かあったのだろう。
鶏肉を一口かじりながら、美味いともまずいとも言う訳でもなく、ぼーっとしながら口を上下に動かしている。見兼ねたセシルが、ティーダに問うた。
「どうかしたの、ティーダ?」
「んー…別にどうもしねぇんスけど…」
「いや、明らかに様子が変だぞ?」
本当にどうしたんだ?と今度はフリオニールがティーダへと問うた。ずず、と静かに音を立てながら俺も様子を見守る。
「何かさ、戦いを重ねていく中で少しずつだけど元の世界の記憶が戻っていく中で…」
「戻っていく中で?」
「…やっぱり良いッス」
「何だよ、中途半端に話を振られたら余計気になるだろう?」
やきもきした様子でフリオニールがティーダへと食いついた。いつの間にか鶏肉をあらかた食べたティーダはスープの中へと骨を入れて立ち上がる。
「ごめん、ちょっと一泳ぎしてくる」
「おい、ティーダ!?」
さっさと闇へ溶けてしまったティーダの背中を、フリオニールが心底心配した様子で見つめていた。セシルも、フリオニールの背中を優しく叩きながら慰めている。
ティーダが食べた鶏肉の骨を見れば、まだ肉は僅かばかり残っていた。いつもなら余すことなく食べる見た目によらず大食漢のティーダが、お残しをするなんて。俺もまたスープをさっさと飲み干して、風に当たってくると言い残し後を追い掛けた。



* * * *



ばしゃ、と水の跳ねる音が聞こえた。広い川の水面には、月が照らされていて。けれど誰かさんが泳いでいるから、綺麗に水面にうかぶ月は細かく波紋を描き、輪郭を崩す。しばらく泳いでいるティーダを座りながら見つめていた。
以前、川や海を見ると元の世界を思い出すのだと、ティーダは言っていた。その時の彼の瞳は、先程の夕食の時のようにどこか寂しげな色を携えていたような気がする。ばしゃん、と音を立てて、ティーダが水面から顔を出す。普段外側に跳ねている癖っ毛は今は水気でぺたりと皮膚に張り付いていて。童顔に更に磨きがかかって幼く見えた。でも俺に気づかず睨むように月を見上げる彼の横顔はやけに大人びていて。普段の彼からは想像できないようなアンバランスさに、俺は少しだけ息をのんだ。
「あれ、クラウドも泳ぎにきたんスか?」
「ああ、そう思ったんだが思いの外風が冷たいから見るだけに留めておいた」
「何スか、それ?」
ぷ、と笑いながらティーダがばしゃばしゃと水を掻き分けてこちらへと戻ってくる。どうやら服を着たまま泳いでいたらしい。
「気持ち悪くないのか?」
聞けば、一瞬きょとりとして目を細めまた穏やかに笑った。
「んー、慣れッスかね。最初は気持ち悪かったッスけど、でも俺元の世界でもこんな調子で泳いでたし、真っ裸で泳ぐ方が逆に恥ずかしいッスよ」
ぎゅう、と服の裾を搾りながら水を外に出し、さすがに靴と靴下はとって、逆さにしながら砂利の上へと置いた。俺の隣にティーダが腰掛ける。
「水の中に居るとさ、余計なこと考えなくて済むんだ」
誰に言うんでもなく、まるで独り言のようにも聞こえる呟きは、やはり先と同様に沈んでいた。
「俺親父の所為でさ、同い年の友達とかあんまできなかったんだ。できたとしても俺を俺として見てくれないっていうか。チームメイトは俺より年上の奴ばっかだったし、兄弟もいなかった。唯一ちゃんと話してた相手って、多分親父の代わりに育ての親を担ってくれた…名前何っつったかな、とりあえずおっさんだった。んで、この世界に来て初めて同い年の奴と仲良くできて、兄弟がどういう存在なのか知った気がするんスよね」
同い年の奴というのはスコールのことだろう。一方的にだが確かにティーダはスコールに懐いていた。一方でスコールも満更でもなさそうだったのを、俺は記憶している。
「何かそうすっとさ、急に胸の辺りがぎゅーってなるんだよなぁ」
そうして膝をまた抱え、眉を寄せて苦そうに呟くティーダの濡れた頭を、思わず撫でてやる。何の言葉を乗せるでもなく、ただ静かに。
ティーダは少し俺の方を見て、僅かに瞳を潤ませていたようで、俺はそれに気付かないふりをして、ただ無言で撫でていた。
「俺、自分で思ってたよりずっと寂しがり屋だったみたいッス」
「…そうか」
「そんでさ、俺に兄弟が居るんだったら、クラウドやセシルみたいな兄ちゃん欲しいなぁって、思ったんスよ」
「フリオニールは兄弟じゃないのか?」
「フリオ?フリオは、兄弟みたいな友達、かな」
だってあいつ、からかうと面白いし。
くすりと笑むティーダにつられて、俺も月を見ながら微笑む。
「元の世界の記憶が戻っていくにつれて、何か少し焦ってたのかな、俺」
同じく月を見ながら、またティーダが呟いた。そうして、背中をぽん、と叩きながら俺は立ち上がる。
「焦っても、転んだらまた起き上がれば良い。その手伝いをするのが、俺達兄弟の役目だろう?」
そう言いながら手を差し出せば、またティーダが目をきょとりとさせて泣きそうに微笑む。ぱしり、と受け取られた手は力強かった。
「俺、ちょう贅沢者ッスね!」
フリオとセシル、今頃心配してんのかなー、と靴と靴下を履かずに素足で戻るティーダの後ろ姿を、一歩離れた所から追い掛ける。
その歩調と距離はひどく穏やかで、ゆっくりだった。その空気が、優しい。
望むなら、喜んでお前の兄になろう。かく言う俺も兄弟は居ないんだ。それにティーダの纏う質は、嫌いじゃない。以前もこんな奴と、一緒に過ごしたことがある気がするくらいだ。
親友だった男。顔と名前は思い出せないが、でも心の奥底には、遺っていて。
「そうして歩いてるとジェクトみたいだな」
「うげっ!?そういうこと言わないでほしいッス!」
だって仕方がない、二人は親子なんだから。そんな意地悪なことを言ってからかってやると、ティーダはこのうえなく幸せそうに笑った。それで良い。笑っている方がティーダらしい、なんて意見は押し付けにもほどがあるかもしれないが。
もう少しお前は、お前が思っている以上に俺やセシルやフリオニールに可愛がられているということを、自覚した方が良いぞ。





兄弟



2011/03/29


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