未知なる英断‐05 

「九十九、無理してない?」
「キズぐすりのおかげでもう平気だよ。大丈夫」

これから次の街に着くまで、どれくらいの距離があるかわからない。サンヨウシティのポケモンセンターまで戻ることも考えたが、九十九が大丈夫だと言うのでその意思を尊重することにした。もし辛くなったらすぐに言ってと念を押し、モンスターボールに戻ってもらった。

「サツキには黙って出てきたの?」
「そうしようと思ったんだけどな、見つかって笑顔で見送られちまった」
「ああ……」

思わず遠い目になってしまう。サツキには、こうなることがわかっていたのだろうか。それとも彼はこうなるように仕組んだのだろうか。ライブキャスターの番号は交換してあるから、その真意を確かめることはいつでもできる。でも、何となくはばかられた。きょうだいながら彼の考えていることはわたしの手に負えない気がして。食えないヤツだと呟いたはなちゃんに、賛同の意を示したいと思う。

原型に戻ったはなちゃんは、とことことわたしの横で微かに蹄を鳴らして進む。擬人化したままの琳太と手を繋いで一本道を歩いていたら、結構な数のトレーナーたちがいることがわかった。あちこちでバトルをしているのが見られる。これはわたしがポケモンバトルに慣れるチャンスかもしれない。それに、はなちゃんがどんな戦い方をするのか気になるところ。次のジムに挑戦する前までに、使える技くらいは確認しておかないと。
そう思った矢先、ひとりの少年と目が合う。それはポケモントレーナーにとってバトルの合図。

「はなちゃん、お願いできる?」

はなちゃんは嫌そうにしながらもうなずいてくれた。バトルじゃなくて呼び方の方でそんな顔になったというのは百も承知だ。
と、いきなりもうひとつのモンスターボールが弾ける。九十九だ。

「九十九、どこか痛むの?」
『ううん、そうじゃなくて、あの……バトル、見ててもいい?』

彼の中に、何かしらの心境の変化があったのだろう。それもいい方向に。もちろん、とうなずくと、九十九はわたしの足元に立った。男の子に、こちらの準備ができたことを伝える。

ぱっとわたしの前に飛び出したはなちゃんは、ばちばちと額から電気を弾けさせ、気合十分。結構遠目からでも目に痛い光だ。図鑑を取り出して使える技を確認する。

「いけ、シママ!」

奇しくも相手の男の子が繰り出してきたのは、はなちゃんと同じシママ。確か、シママに電気技は効かないんだっけ。だとしたら、お互いに得意とする電気技は封じられてしまうことになる。

「はなちゃん、電光石火!」
「シママ、こっちも電光石火だ!」

シママ同士が額をかち合わせた瞬間、がつん、と火花が散ったように見えた。互いに一歩も譲らず、蹄が地面に食い込む。先攻だったおかげか、わずかにはなちゃんが押し勝ち、相手のシママが後退した。力比べはそこで終わり、ぱっと互いが間合いを取る。

「シママ、もう一度電光石火!」

今度は向こうの指示が早かった。どんな技を出そうかと迷っているうちにわたしが隙を突かれてしまったのだ。

「は、はなちゃん、目の前にでんげきは!」
『あ!?』

意外そうな声を出しながらもはなちゃんは素直に額からばちばちと電撃をほとばしらせ、ぶわりと展開させた。一瞬だけ、シママの動きが止まる。

「はなちゃん突っ込んで!電光石火!」

不意を突かれたシママは、真正面からもろにはなちゃんの電光石火を受け、どうと倒れる。
男の子はシママをボールに戻し、わたしに賞金をくれた。もっと勉強しなきゃと言っていたことからして、サンヨウシティにあるトレーナーズスクールの生徒にちがいない。ここはサンヨウシティの近くだから、練習場所としてはもってこいなのだろう。

「お疲れさま、ありがとう」
『ん、ああ……お前、よくあんな作戦たてられたな』
「作戦?」

はなちゃんに言われて、そういえばどうしてシママの動きが鈍ったのだろうかという考えに至った。彼曰く、でんげきはが目くらましになったのだという。わたしは狙ってそれをやったわけではなくて、遠距離攻撃であるはずのでんげきはを至近距離で当てられたらいいんじゃないかな、と思っただけなのだけれど……。電気技は効かないというのに。まあ結果オーライだ。

「うう、ちゃんと確認したのに、電気技は効かないっていうの、バトル中はすっかり忘れてた……」
『それでああなったのかよ……運が良かったな』

呆れた声で突っ込んでくるはなちゃん。全くその通り。博打のようなものだった。一歩間違えれば無駄な指示だったわけで、こちらがただ隙をさらしてしまうも同然だったのだから。次からは気をつけよう。

道中、はなちゃんと琳太を変わりばんこに出してバトルする。時々、ポケモンが2体出てくるような草むらがあたから、そこはダブルバトルになった。目と口があともう1人分欲しい。あと、脳みそも。
2つのバトルの状況を把握しなければならないので情報処理が追いつかないのだ。ただでさえ、使える技や相手のポケモンたちの特性を把握しきれていないというのに。わたしは体を張って前線に立っているわけではないけれど、精神的にかなり疲労がたまっている。

ようやくトレーナーたちの姿が減ってきたころ、擬人化したはなちゃんがわたしの横に並んだ。頬を掻きながら、わたしの様子をうかがうような目つきをしている。

「どうしたの?」
「お前、俺のこと怒ってねえのか?」
「え、どうして?」
「お前のこと、疑ってたんだぞ……」

疑って、というのはわたしのことを育て屋からずっとつけていたことだろうか。
どうにも疑われていた自覚というものが無くて、わたしは苦笑する。
彼がトレーナーを嫌っていることは知っているし、それゆえにわたしの後を追っていたということも聞いた。彼の気持ちを考えれば当然の行動だったとわたしは思うのだ。しかも、わたしははなちゃんから何かしらの危害を加えられたわけじゃないし、むしろ危ないところを助けてもらった。
はなちゃんとしては、下心を持って近づいたのが申し訳ない、といったところなのだろう。

「わたしは全然怒ってないよ。助けてもらったし、こうして仲間になってくれたんだし!」

でも、わたしは疑われた気持ちで不快になってなんかいない。実害を受けていないというのもあるけれど、はなちゃんが認識を改めて、わたしのことを認めてくれたから、というのが大きい。
負い目を感じないでほしいとは思うけれど、言ってどうにかなることではないから、彼の中で心の整理がつくことを待つとしよう。




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