未知なる英断‐04 

さて、どうしたものか。
一向に口を開こうとしないシママ。中途半端なところで話が途切れたせいで、言う気が失せてしまったのだろうか。しかしこちらとしては言ってもらわないと気になって仕方ない。だって、彼はポケモントレーナーが嫌いなのだ。その彼がここまでついて来て、あまつさえわたしを助けた。理由が知りたいと思ってしまうのは当然のことだと思う。
じっと見つめていると、やがてぴくぴくとシママの口の端が震え出した。なるほど彼はじっと見られることに弱いらしい。

「……化けの皮が剥いでやろうと思ったんだよ」
「化けの皮?」
「あーそうだよ化けの皮!いくらサツキときょうだいだっつっても、お前はトレーナーだ。サツキの前ではイイ子ぶってるお前が、どんだけクソかっつーのを見て笑ってやろうと思ったんだよ!」

オウム返しに言葉を紡いだわたしに対して、彼は一息に言ってみせた。確かにサツキとは初対面で、付き合いだったらシママの方が長いだろう。わたしとサツキは似ていない、別物だと考えることには納得できる。
吐き出された言葉はトレーナーへの怨嗟を込めた、鋭いもの。化けの皮なんて被っている自覚はないけれど、それでも心に刺さるものはあった。迫力に押し負けて、びくりと首がすくむ。

そろりと上目づかいに様子を伺っていると、大きく息を吐いたシママの身体が一気に縮んでしまったような錯覚を覚えた。尖っていた何かを失って、しなびてしまったような。

「……でも、お前、違ったんだ。イイ子ぶってたわけじゃなかった。……トレーナーなのにな」

次に吐き出された言葉は、聞いたことがないくらい弱々しいもので、息をつめて耳を澄まさなければ零れ落ちてしまいそうな響きを持っていた。

人間は嫌いになれないけれど、トレーナーは嫌い、というシママの言葉。彼がどれほどまでにポケモントレーナーを憎んでいるのかは知らない。でも、理由はどうあれわたしを気にしてくれたことが、その認識を改めることにつながったとすれば。ポケモントレーナーとしては喜ばしいことだ。

「やっぱり、トレーナーは嫌い?」
「好きじゃ、ねえ。でも……でもな、お前ら見てると気になってしゃーねえんだよ。チビが二匹にどこか危なっかしい新米トレーナーのガキ1人。さっきだって俺がいなけりゃどうなっていたことか……」

太陽の光を反射する髪を無造作に掻きまわしてぐしゃぐしゃにした彼の、言わんとしていることが何となくわかって、ひゅっと小さく呼吸を止めた。うぬぼれでなければ。きっと。

「……見てらんねえから、俺もついていく」

じわりとにじんだ喜びがあふれだして、両手を伸ばす。どんっ、と体重をぶつけるようにして抱き着けば、びくりと肩を跳ねさせながらも、シママはしっかり受け止めてくれた。そこにもうひとつ、衝撃が小さく加わる。琳太だ。九十九がおろおろしているのは止めようとしているからなのか、それとも加わろうとしているからなのか。

「おめで、と!」
「おいこら離れろ!」

渋々言われたとおりにして、わたしの腰に回った琳太の腕をそのままに、鞄をまさぐる。
先ほどもらったばかりのヒールボールと、普通のモンスターボール。両手に一つずつ乗せて差し出した。

「……どっちがいい?」
「そこ訊くとこじゃねえよ!モンスターボールに決まってんだろ!!」

ヒールボール、かわいいのになあ。かすめ取るようにわたしの手からモンスターボールを奪ったシママは、そのまま原型に戻って自らの蹄で踏むようなかたちで開閉ボタンを押した。赤い光に包まれて、モンスターボールの中へ吸い込まれていく。初めてモンスターボールを投げられるかと思ったのに。ちょっぴり残念だ。
拾い上げたボールから飛び出してきたシママはぐっとのびをする。表情がどこか晴れやかで、自然体なように見えた。

「よろしくね」
「ああ」
「……なあ、俺には名前付けないのか?」
「え、付けていいの?」

どこか拗ねているような響きを持った彼の言葉が意外で、わたしは目を見開いた。自らトレーナーの持つ首輪をはめるようなことだろうに。
決まり悪そうに頭を掻きながらも、シママは目をそらそうとはしなかった。青い海に浮かぶ星がゆらゆらと揺れて、わたしの言葉を待っている。

「うーんと……」

即席で適当な名前というのは憚られるが、彼の目がゆっくり考えさせてくれそうにない。
まっすぐな瞳は覚悟を決めて、わたしの姿を星の海に沈めている。

そう、覚悟。彼は一歩踏み出した。
トレーナーのわたしを認めてくれて、トレーナーを受け入れてくれてありがとう。嫌っていた存在を許容して、ついていくと言ってくれたその決意に応えよう。
いつか、わたしと一緒に旅をして良かったと、彼が思えるように。わたし自身への戒めもこめて。

「英って名前でどうかな」
「はなぶさ……?」

はなぶさ。ぽつぽつと感触を確かめるように呟いて、音を舌で転がして。ややあって、彼はこくりと頷いた。たった今から彼は英。

「はなにいちゃん!」
「じゃあはなちゃんって呼んでもい」
「やめろ」

はなにいちゃん、だなんて随分可愛らしい呼び方だ。響きだけならヒールボールが良く似合う。
連呼していた琳太は怒られても聞く耳持たず。はなちゃんって良いと思うんだけどなあ。自分でつけておいてあれだが、はなぶさ、は少々長いというか呼びにくいというか。愛称があった方が親しみやすくて呼びやすい。

「琳太もそうしてることだし、わたしもはなちゃんって呼ばせてもらうね」
「……」

とても怒っているように見えるがきっと気のせいだ。そう遠くないうちに根負けして諦めてくれるだろう。この勝負、もらった。




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