未知なる英断‐06 

わたしの言葉を聞いて目を見開いたはなちゃん。まつ毛の一本一本まで透き通った白で、しかも長い。本当にきれいだ。

「そう、か……でも謝らせてくれ。悪かった」

真っ直ぐな謝罪の言葉を受け取る。お詫びなんていいよ、っていう気持ちもあるけど、わたしが受け取らなかったらはなちゃんのこの気持ちと言葉は行き場をなくしてしまう。その思いを無駄にはしたくないから、これからよろしくね、という意味を込めてうなずくにとどめておいた。よし、この話はここでおしまい。

「お腹すいたし、お弁当食べよ!」

朝、育て屋を出るときに、おばあさんがお弁当を持たせてくれたのだ。
水辺に具合の良さそうな芝生が広がっている場所を見つけてレジャーシートを取り出した。九十九と琳太が拡げてくれたそれが、風に飛ばされてしまわないように荷物を下ろす。あとは適当にわたしたちが座れば重しになる。

お弁当は、食べやすいようにと気を遣ってくれたのだろう、サンドイッチだった。育て屋でいただいたサンドイッチを思い出して、自然と口の中につばがたまる。またあの味が口に入ることを思うと嬉しくてたまらない。使い捨てのお手拭きまで入っていて、本当に至れり尽くせりだ。

「いただきまーす!」

4人で手を合わせて、サンドイッチに手を伸ばす。はなちゃんは、いただきますの意味を知っているのだろう。手を合わせる行為の意味なんて今まで知っていても考えたことは一度もなかったのに、こうして彼らと接していると、時たま当たり前を覆される気がしてはっとする。それは刺激的でもあるし、同時にわたしの視界の狭さを思い知らされることにもなる。

はなちゃんのこともそうだ。今まで、トレーナーがポケモンを捨てることなんて事例として耳にしたことはあっても、はなちゃんに会うまで考えたこともなかった。捨てられたポケモンがどんな心の傷を負い、必死にひとりぼっちで生きていかなければならないのか。どれだけ苦労してきたのか、彼の歴史を知るものなんて指折り数えるほどしかいない。わたしはその数少ないひとりとして、何ができるんだろう。

トレーナーに捨てられたといえば、九十九もそれに近いものがある。ただ、彼には帰る場所があったし、わたしの知る限りでは、トレーナーのことを恨んでいる様子もないようだ。怯えながらも前向きに、外の世界が見たいと言ってくれた。琳太が背中を半ば無理やり押したからというのもあるだろうけれど。

ぱりぱりのレタスとみずみずしいトマトが挟まれた、白いパンを見つめる。すみっこをかじれば、野菜の歯ごたえとパンに塗られたソースの味がやわらかい食感越しにやってきて、一口、また一口と減っていく。

色んな具がある、と思った。あっさりした味付けの野菜が彩を振りまいているサンドイッチに、ふわふわのタマゴサンド。木の実を使ったフルーツサンド、ジャムサンド。どれも噛みしめたときの感触は違うし、味も違う。タマゴサンドが好きな子もいれば、トマトが苦手な子もいる。
色んな人がいて、いろんな考え方がある。それは当たり前のことだったけれど、やっぱりそういう風に考え方が違うところを見せつけられると、戸惑うし、考えさせられる。

「いろいろあるんだね」
「何がだよ」
「うーん、何でもない!」
「なになにー?」
「ひみつ!」

むう、と頬を膨らませた琳太は、フルーツサンドをがぶりと頬張った。口の端に生クリームがついていたから、お手拭きで拭いてやる。

「お前もパンくずついてんぞ」
「えっ」

節くれだった指がわたしの目の前まで迫り、びくりと心が緊張する。驚いて手からすり抜けたお手拭きが膝に落ちる感触を拾う前に、小さな手がわたしの足に体重を掛けてきた。おかげで後ろに下がれない。
ひょい、と浅黒い肌をした手が白いパンくずをわたしの頬からさらう。あー、と残念そうな声が顔のすぐ下から聞こえてきて、琳太もパンくずに気付いていたのだと理解した。琳太にとられた方が、個人的には恥ずかしくなかった。いや、世話していたつもりがされ返されてしまうのを考えると、それはそれで別の恥かしさがあるけど……。

「あ、ありがとう……」
「ん?ああ。何だお前きょどきょどして」
「なっ何でもない!」

顔だけサウナに突っ込んだみたいで、自分の顔が赤くなっていないかが不安だ。挙動不審なのをはなちゃんに見抜かれて、更に焦りが募る。
だって。同い年くらいの男の子にあんなことされても平気でいられるような図太い神経を、あいにくわたしは持ち合わせていない。部活も女の子が多かったし、あまり同年代の男子たちとは関わって来なかった。

しかもはなちゃんは、目つきこそ鋭くて怖い印象ではあるけれど、それを含めても決してマイナスにはならないくらいに顔立ちが整っているのだ。むしろ鋭い眼光が雰囲気をより一層引き締めているというか。
とにかく、今まで琳太や九十九と気軽にできていた、手を繋ぐだとかハグするだとか、そういうことが気軽にできる相手ではないとはっきり言える。

うう、これは予想外だ……。何も考えていなかったけれど、もしも琳太たちが進化してしまったら。進化をきっかけに擬人化した見た目年齢も上がることが多いというから、もう今までのようなことはできなくなって、わたしは緊張ばかりしなくてはいけないのだろうか。それは寂しい。進化しないでおくれとは言えないけれど、先が思いやられる。

「あー」
「……?」
「あー」
「……!」

琳太の大きく開いた口に、サンドイッチを入れる。それで正解だったようで、嬉々として琳太は野菜サンドを咀嚼した。こういうことは今しかできないのかも。

「九十九、九十九!あーん」
「えっ」

向かい側の九十九にタマゴサンドをつき出せば、案の定慌てている。何度もまばたきをしたのち、そろりと首を伸ばし、一口、ほんの少しだけかじり取った。これって外側のパンしか食べられなかったんじゃなかろうか。
もう一回、と差し出したタマゴサンドは長いこと動かなかったけれど、ついに琳太が横からぱくりとかじってしまった。こらこら。
そんなわたしたちの様子を、はなちゃんは少々生温かい視線で見ているのであった。


09. 未知なる英断 Fin.



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