心の在処‐09 

ベルがわたしとチェレンを見つめながら、興奮気味に声を上げた。目がキラキラしている。

「ねぇねぇ、あたし良いこと思いついちゃった!」
「さあ、行こうか。博士も待っているだろうし」
「ちゃんと聞いてよ!なんなのよぉもう!」

チェレンが流して歩き出そうとするのを、ベルは彼の腕をがっしりと掴むことで制止した。ムッと頬を膨らませてむくれているベルはかわいい。対照的に迷惑そうな視線を向けたチェレンと、首をかしげたわたしを交互に見て、ベルは言った。

「3人と、それからパートナーも!一緒に一番道路に踏み出そうよ!」
「なるほど…ベルにしてはいい考えだね。ベルにしては」
「2回も言わないでよお!ねぇねぇ、リサはどう?」
「もちろん。やろうやろう!」

ベルを真ん中に、3人で手を繋いで2人の肩にはパートナー、わたしの右手には擬人化した琳太の手。この先もずっと、ぎゅっと握って離さぬように。

「あ、琳太、」
「ん、ん!」

琳太がわたしの意図を汲んで、空いている右手でボールの開閉スイッチを押した。赤と白のツートンカラーの球体から飛び出したミジュマル。しかし、ベルは彼の体勢が整う前に気付かずに号令をかけてしまった。琳太は、わけもわからずおろおろしているミジュマルの左手をむんずと掴み…。

はじめのいーっぽ!!

無事に皆そろって、カノコタウンから一番道路へ、旅の始まりとなる一歩を踏み出せた。たった一歩の歩みで、高鳴る鼓動。どうしようもないくらいに高揚感が込み上げてきて、心臓だけが先に跳ね回ってどこか遠くへ飛んで行ってしまいそう。

「わくわくしてきた!」
「さあ、なるべく急いで行こう」
「うん」

三人横並び一列のまま、草むらの前で暇をもてあましてチラーミィと戯れているアララギ博士のもとへ。

「ハーイ、ヤングガールにヤングボーイ!みんな揃って、無事に初バトルも終わったみたいね」

先ほどわたしを見送ってくれたアララギ博士その人。肩には可愛らしいねずみ色のポケモンがいて、ふさふさとしっぽをゆらしている。大きな耳が時折ピクピクするのも愛嬌がある。

「さっそくポケモンたちもきみたちを信頼しはじめた…そんな感じね!」
「はいっ!」
『おう!』

ポカブを抱き抱えたベルが、パートナーと共に歯切れよく返事した。チェレンとツタージャもチラリと視線を交わしてわずかにうなずきあっている。わたしは…わたしは、どうだろう。琳太はもちろん、と言いたげにわたしの手を握ってぶんぶんと振っているけれど、琳太の反対側の手に握られているミジュマルは。彼の顔を見るのが少し怖くて、わたしは無理に視線を上げた。

「アララギ博士、説明を…」

チェレンが少し遠慮がちに言うと、アララギ博士はそうだったわ、と手をパシンと叩いた。

「リサには言い忘れていたけれど、旅をするにおいて、きみたちは必然的にポケモンを捕まえて、仲間になってもらうはず。だから、わたしがこのチラーミィと今からそれを実践するわね」

わたしに「忘れててごめんなさいね」と言い残して、アララギ博士は颯爽と草むらに入っていってしまった。慌てて博士の後を追って草むらに入る。

「パッと見ではわからないだろうけれど、草むらにはポケモンがたくさんいるわ…あら、」

折よく、アララギ博士の目の前にミーアキャットのような、プレーリードッグのような姿で、目付きの鋭いポケモンが飛び出してきた。

「あれは…ミネズミだ」

3人でポケモン図鑑を開いて、早速データにおさめた。ミネズミはアララギ博士とチラーミィを見て直立不動の体勢になった。ミネズミなりの先頭の構えなのだろう。ピンと尻尾をのばし、絶えず目先のものの動きを感知しようとしているのがわかる。

「さあ、出番よチラーミィ!」

さっきまでアララギ博士の肩でのんびりしていたチラーミィが、俊敏な動きで肩から地面へと着地し、その勢いのままミネズミへと走り出した。ミネズミがチラーミィの素早さについていけずに「はたく」を受け、ふらふらしているところにすかさずモンスターボールが投げられた。

「ダメージを与えることで、ボールに入りやすくなるわ」

赤い光となってモンスターボールに収まったミネズミはしばしもがいたようで、ボールはガタガタいっていたが、すぐにそれも静かになった。

「はい、終了よ」
「すごおーい!」

ベルに同感だ。鮮やかな手つきとチラーミィとのコンビネーションは、見事としか言いようがない。博士がミネズミの入ったモンスターボールを放ると、今度は青い光を帯びたミネズミが現れ、そそくさと草むらの奥に消えていってしまった。え、せっかく仲間にしたはずなのに、逃げられたの?モンスターボールから飛び出すポケモンは赤い光で飛び出していた記憶があるので、そこも不自然に思えた。

「アララギ博士、今のは…?」

わたしとおなじことを考えていたのからチェレンが問いを投げ掛けた。

「今のは青い光だったでしょ?あれは逃がした…つまり、また野生に帰ってもらったってことよ」

通常ボールからポケモンを出せば、赤い光のはずだから、これはまた違う類いのものだったらしい。逃がす、ということはすなわち捕まっていない、野生の状態に戻るということ。ミネズミはまたもとのように野生のまま生きていくのだろう。この先誰かのポケモンにならない限り。

「はい、これでポケモンのゲットに関する説明は終わり。みんなも素敵な仲間を増やしてね!では、わたしはこの先のカラクサタウンで待ってまーす!」

アララギ博士はくるりと踵を返して、先へと進んでいった。白衣が草むらに吸い込まれるようにして遠ざかっていったのを皮切りに、チェレンがひとつの提案をする。

「…よし、ここからは別々に行こうか」
「あたし、ポケモンにいっぱい会って、たくさん仲間にする!」
「よし、行こ、琳太」

2人が思い思いの方向へと歩き出したのを確認してから、琳太と手をつなぎ、ミジュマルの方へと向き直る。なるべく早めに、と思っていたけれど時間がなくて、まだ大切なことを決めていなかったからだ。





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