心の在処‐10 

琳太は、わたしがこれから何をしたいのか、何を決めたいのかを察したようだった。妙に緊張しているわたしを、ミジュマルは訝しげに、琳太は期待に満ちた目で見つめている。

「あなたの名前を考えたいと思っているの。琳太は、名前がある。わたしにもリサっていう名前がある。だから良ければって思ったんだけど…」
『な、まえ…』

ややあって、ためらいながらもミジュマルはうなずいてくれた。彼がわたしに見せてくれた、彼のイメージ、それから、わたしがミジュマルにこめたい願いや想い。すぐにはまとまってくれそうにないから、歩きながら考えよう。次の町につくころには、ある程度決まっているといいな。

さて行こうかと足を動かしたところで、数歩後ろにいたミジュマルがあの、と声を上げる。草むらのざわめきにかろうじて掻き消されることなくわたしの耳に届いたそれに、足を止めて振り向く。

『今更だけど、あの…ぼくの言葉が、聞こえるの?』

言われてはっとする。そういえば、まだミジュマルには言っていなかった。他の人にハーフだとばれないようにするために気を付けようとは思っているけれど、仲間になってくれたのにそれを隠したままだというのは罪悪感がある。話しておくべきだと、思う。それと同時に、これからはわたしがポケモンと話せるという事実を隠していかなければならないと改めて実感する。

「わたしには、ポケモンの言葉が聞こえるし、わかるよ。きっと生まれつきのものなんだと、思う。今のところそれは便利だという認識しかないけど、今後は隠さないといけないのかなっても、思ってる」

何か事情があると察してくれたのだろう。ミジュマルはそう、とうなずくだけだった。でも、その反応がわたしにとっては安心させるものだった。嫌われなくてよかった。気持ち悪いと思われていなくてよかった。負の感情は彼の顔に浮かんでいない。ただそれだけで良かった。



しばらく草むらを避けて、舗装されていない道路を歩いていると、それだけで多くの種類のポケモンが目に飛び込んでくる。カノコタウンにたどり着こうと歩いていた道のりが、今は旅路になっている。同じ道なのに通ったときの気持ちも方向も、何もかもが違うから、景色も変わって見える。

群れでこちらを警戒するかのようにじろじろと注視するポケモンたちや、歩いているわたしたちには目もくれず青空を羽ばたいていくポケモンたち。中には、人間に対する警戒心がないのか、好奇心からなのか、道路に飛び出して至近距離で見つめてくるものもいた。ポケモン図鑑片手にゆっくりと、道なりにカラクサタウンに向かう。ポケモンバトルでポケモンをつかまえるっていうのも、ありだとは思うけれど、図鑑にデータが入ればそれでいいかな、という気もしている。
ポケモントレーナーが携行できるのは、通常6体まで。できないこともないけど、公式戦ではそれ以上の携行は禁止だ。だったら、なるべく以内に収まるようにしていきたいのだ。そうでないと、ボックスに預けなければならない子達がたくさんいることになってしまうだろうから。

───まあそんなことしたらボクならキミを殺すかなあ。

そんな、素直じゃない新緑の彼の言葉が頭の中でリフレインした。わたしだってそんなことはしたくない。ずっとパソコンの中に置いてけぼりで、外の空気も吸えないだなんて。それに、たくさん仲間が増えたとして、わたしの目が届かないようになってしまう子だってきっと出てくるはずだ。6人でも多いと思っているのに…。

「でも、バトルはしないとだめだよね…」
『ごめんなさい…』
「ちがっ…責めてるんじゃないの!ごめんね!」

しゅん、と俯いてしまったミジュマル。わたしのばか。考えもなしに口にした言葉のせいで、傷を抉るようなことになってしまった。

『でも、戦わなくちゃいけないって、わかってる。旅に出たいって言ったのは、ぼくだから』

彼の歩む道は、もしかすると他の人より険しくなるかもしれない。それは、彼にだけ特別な試練が与えられるとか、そういうことじゃなくて。彼が、自分の臆病さを知っていて、それでも前に進みたいと思っているからだ。琳太やわたしの踏み出す一歩が、彼にとっては三歩にも四歩にもなるような。道のりが同じでも、歩く速さが違うのかもしれないと、思ったのだ。でも、いつか横並びで同じ歩幅になれたらいいと、思う。途方もなく長い道のりなのだから、いつか並んで歩けたら。

「バトルはするよ。するけど、初心者だから、うまく指示とか出せないの…でも、一緒に頑張りたいなって」
「ん!」
『う、うん』

ツタージャとのさっきの一件で、バトルがトラウマになってしまったのではないかと思っていたから、ミジュマルが返事をしてくれたのが意外で、嬉しかった。

「わたしね、旅の目的がいろいろあるの。それはこれから増えていくかもしれないし……でも、続きはまた後で、ね」

各地にあるジムを周り、8つのジムバッジを集めた者だけが入ることを許される場所。わたしはもう一度、そこに行く必要があった。出来れば二度と会いたくないようで、それでいてどうしても、強くなってから会いたい人がいるのだ。

道路から草むらに入ったとたんに、仔犬のようなポケモンが飛び出してきた。道路にいたポケモンたちと違って、好戦的に勇ましく吠えたててくる。

「ヨーテリー、っていうんだ…琳太、よろしく!」

強くなるって何だろう。漠然とした「強くなりたい」しか、まだわたしにはわかっていなかった。これから、わかっていけるのかな……。


 5.心の在処 Fin.

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