心の在処‐02 

ピンポーン。
珍しく早起きして、二階で荷造りの最終チェックをしていたら、玄関のインターホンが鳴った。朝っぱらから誰だろう。お母さんが応対している声が聞こえる。それから、少し大きめなエンジン音。宅配だろうか。
ややあって荷造りの確認も終わったところで、トットッ、と階段を上がってくる足音がして、それはわたしの部屋の前で止まった。

「リサ、入るわよ」
「はーい」

お母さんだ。包装された段ボールを抱えている。中身は大きさの割に軽いらしく、わたしがドアの前からどくと、ベッドにそれは下ろされた。当たり前だけど、届け先はこの家。でも、名前はわたしのものが明記されていた。

「え、何、これ……?」
「アララギ博士から旅立ちのプレゼントよ。ベルちゃんとチェレンくんの分もあるから、仲良くわけてね!」
「は、はぁ……」

アララギ博士って、ポケモンの研究をしているとかいう、アララギ研究所の所長さんのことだよね、きっと。一番初めにカノコタウンで目にした白い建物を思い出す。
しげしげと琳太と一緒に段ボールを見つめた。時折細かく揺れ動いているのは気のせいだろうか。

「もうちょっとでチェレンくんたち来るはずだから、あとはよろしくね」

にっこり笑ってお母さんはわたしの部屋から出ていった。…もしかして、昨日の電話ってこれのこと?この荷物の手配をしていたの?
何が入ってるのかな。琳太も気になるようで、箱を鼻でつついたり、すみっこを少しかじってみたり。先に開けるのは気が引けるので、ふたりが来るのを待つ。はやく来ないかな。
放っておくと、何やら箱がガタガタと揺れだした。どうしよう。開いたらどうしよう。


ピンポーン、と本日2度目のインターホンの音。

「来たっ!」

間違いなくチェレンだろう。ベルの方がチェレンより早く来るなんて、彼女のマイペースな性格からしてありえない。ベルとチェレンの付き合いの長さに比べれば、わたしの付き合いなんてほんのちょっとだけれど、そのくらいのことはわたしのもわかる。

「おはようリサ」
「おはよーチェレン」
『はよー』

やはりというか、上がって来たのはチェレンだった。部屋を見渡してため息ひとつ。彼の考えていることが、手に取るようにわかる。わたしは苦笑して、彼の口が言葉を発するのを見ていた。

「ベルがもう来てるなんてことは」
「ないよ」
「…だよな」

それからきっかり三十分後だった。ドタドタと慌ただしい足音と共にベルが現れたのは。
そのころ琳太は慣れない早起きのせいで、うとうとと舟を漕いでいたのだけれど、ドアが開いた大きな音でようやくのそりとベッドから起き上がっていた。琳太、よく寝るね。

「あのう、また遅くなっちゃってごめんね…」

ベルはぽやぽやしたオーラの女の子で、口調がどことなく泰奈に似ている。…泰奈の方が、口調は危なっかしいがしっかり者だと思うけれど。

「ねえ、ベル。君がマイペースなのは10年も前から知ってるけど…」
「あー、チェレン。お、落ち着いて…」

チェレンのベルに対する長ったらしい説教がはじまりそうだったのでよ途中で遮っておく。急がないと。段ボールがもう限界だとばかりにミシミシと音を立てて揺れ出したのだ。

「…まあいいか。さて、そのダンボールを早く開けよう。ポケモンたちも待ちきれないはずだ」

ん?ちょっと待って。今チェレンの口からすごく聞き捨てなら無いセリフが聞こえてきた気がする。チェレンの言葉をそっくりそのまま口にして聞き返すと、当たり前だという反応をされた。じゃあ、この不気味にガタピシいっている段ボールには、ポケモンが…?

「リサ、本当に知らなかったの…?」
「う、うん」

どうやらチェレンもベルも知っていたらしい。何でわたしだけ。

『……さぷらいず?』
「……」

琳太の意見はあながち間違っていないだろう。やりかねない。わたしのお母さんならやりかねない。ため息を大きくひとつはいて、さてどうしたものかと段ボールを見つめる。

「ねぇ、リサの家に届いたんだから、リサがあけなよ!」

ベルに背中を押され、段ボールと向き合った。いいの?と確認するようにチェレンを見れば、うなずきがひとつ返ってくる。
じゃあ遠慮なく、とことわってからわたしが段ボールに手をかけると、途端に箱はおとなしくなった。難なくガムテープをはがし、丸まった紙屑は床に放ってゆっくりと蓋をあける。

「わあ…」

そこには、ピカピカのモンスターボールが3つ、お行儀よく鎮座していた。
ベルとチェレンも、モンスターを見て、目を輝かせている。旅立つときの一番の楽しみでもあっただろう、初めてのポケモン。わたしには琳太がいるけれど、それでも同じくらいわくわくして、同じくらいどきどきする。

「リサ、選んで」
「え、え?わたしが、一番に…?」
「君の家に届いたからだよ。ほら、早く」
「う、うん…」

わたしだけ、パートナーじゃなくて2人目ってことになるけれど、それでいいのだろうか。そのためらいの気持ちはぬぐえないけれど、新しい仲間が増える喜びの前ではやっぱり些細な問題だ。期待や好奇心、それから、うまくやっていけるかなという不安。ないまぜになった感情のまま、並んだボールを見比べて、どれにしようかと手をさまよわせる。ポケモンたちの説明書も添付されていたけれど、わたしにはまだよくわからないので、あまり参考にならない。

『ん、』
「ん?」

琳太がひとつのボールを鼻先でつついた。どうしてそれが気になったのかと訊くと、勘だと言われてしまった。きっと、一番最初に震え出したから目についたのだろう。実は、わたしも少し、気になっていた。真ん中のボールを手にすると、何度か大きめに震えたのち、それは沈黙を貫いた。

「わたし、この子にするね!」
「じゃああたしこのポケモン!チェレンはこっちね!」
「どうして君がボクのポケモンを決めるのさ…」

まあ最初からこのポケモンが良かったけど、とため息まじりに呟いたチェレンは、ベルから手渡されたボールを手にとった。口ではああいっていても、やはり彼も嬉しいことに変わりはないようで、心なしか声がうわずっているようだった。こういうところは、年相応に見えてかわいいなって思う。

「よし、出てこい!」

チェレンがボールの開閉ボタンを押すと、勢いよく赤い光が飛び出し、やがてそれはスリムなシルエットへと収束した。





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